Opalpearlmoon

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優しさのかたち

思えば、家にきたときからおかしかったのよ。
いつもなら生き生きと輝く瞳が精彩を欠いていたような気がする。
ちょっとぼんやりしてるというか、ふわっとしてるというか。
それでも笑顔はいつもの和矢そのものだったから、あたしは気のせいだと思ったんだけど……
 
「オレ、もうそろそろ帰るわ」
そういって立ちあがろうとした時、和矢の上半身が大きく揺れて、前のめりに倒れそうになったの。
びっくりして、急いであたしが支えると、和矢はなんでもないといわんばかりにふりはらって、ゆっくりと壁にもたれかかった。
「なんでもない。ちょっとふらついただけ」
なーんていってごまかそうとしたけど、和矢らしくない乱暴なしぐさは、逆に彼の不調の深刻さををあたしに教えた。
「ちょっと、熱があるじゃない!!」
素敵なカーブを描くくせっ毛をかき分けて額にふれると、火のように熱かった。
「大丈夫、これくらい。」
「なにが大丈夫よ、ちょっとそこに座ってなさい」
「大丈夫だっていってるだろ、帰れる」
彫刻のように固まった表情のまま、あたしの手をのけると、玄関に向かおうとしたのよ。
あ、まて!
慌てて手をとってひきとめていった
「そんなに熱があって大丈夫な訳ないじゃない。良くなるまで家で休んで行きなさいよ。
なんなら泊まっていってもいいから。そんな状態で行かせられないわ」
和矢は向きなおると、あたしの顔をのぞきこんだ。
「心配し過ぎ」
そういって唇を歪ませて、ぎこちなく頬を緩ませた。
知ってる。
優しい和矢が、あたしに心配かけまいとして、安心させようとして笑顔をつくったこと。
その気持ちは嬉しいわ。
でも、全然笑えてないじゃない。
あたしは和矢にあたしがどれくらい心配してるか伝えたくって必死になって叫んだ。
「こんなあんたをバイクに乗せて帰して事故でもしたらどうするの?!バイクの死亡事故率はすっごい高いんだからね!
それに電車で帰るって言っても無理よ!この時間は帰宅ラッシュで死にそうなくらい混んでいるんだから!
今のあんたなんてぺらぺらにのされちゃって、挙句ぐちゃぐちゃに踏みつぶされちゃって本当に圧死しちゃうわ!
そんなことなったら熱があるのに送り出したあたしの責任になっちゃうじゃない!あんたの家族にもうしわけがたたないわ!
それにあんたが死んじゃったらあたしどうすればいいのよ?!絶対にいやよ!
意地張らないで泊まっていけばいいじゃない!ね!?」
わかったっ!?
一気にまくしたてたあたしを目をまるくして見つめていた和矢は、ふっと瞳を細めた。
「おまえ、途中、結構ひでーこと言ってるよな」
あら、そーかしらね。
それから眼をとじて長く息をはくと、観念したようにつぶやいた。
「わかった、泊まってく」
 
あたしは机をよせてから、窓際に布団を敷いて、和矢にそこに休むようにいった。
相当つらかったみたいで、和矢は崩れるように横になった。
Mサイズの布団ではさすがに窮屈みたいだったけどそんなことはいってられないわ!
長い脚を曲げて横向きに寝ころび、こちらをみてる。
そして、とにかく冷やさなきゃと思って、ビニール袋に氷を詰めてタオルで包み簡単な氷のうをつくって渡した。
「アイスノンとか、ないの?」
そんな高級品あるわけないでしょ!
風邪薬だってないのに。
あたしはめったに風邪をひかないし、ひいたとしても気合いと根性でなおす派だからそんなもの常備してないのよ。
「今薬買ってくるから大人しくそこで寝てなさいよ、わかった?!」
 
あたしは、近くの薬局でよくきくという風邪薬を買った。
爪に火をともすような生活をしているあたしにとって数千円の出費は痛かったけど、和矢の命にはかえられないわ!
急いで帰らなきゃ!
往復15分ってとこかしら、こんなに必死で走ったの久しぶりよ。ハアハアゼイゼイ。
心配でかけ戻ったというのに、あたしは鍵をあけてたとき、すぐに開けることができなかった。
ふと、不安になったの。
もし、ドアをあけて和矢がいなかったらどうしようって。
和矢はいつもあたしに心配かけまいとして行動してきた。
今日だって……
あたしを置いていなくなってしまうのは、もういや。
そろっと様子をうかがうと、玄関に大きな靴があって、その向こうに横たわる和矢がみえた。
よかった!
安心してそのまま勢いよくあけて、あたしは中に飛び込んだ。
 
「ゆうごはん、つくるから」
お水を和矢の枕元に置いから、あたしは台所に立った。
こういうときこそ、あたしががんばらなきゃね!
いちお、ずっと一人暮らしをしてるんだから、それなりに自炊くらいできるわよ。
そりゃ、得意、とか、美味しい、とかじゃないけどさ……
冷蔵庫からうどんを一玉とネギと玉子をとりだして、和矢のために柔らかめのうどんを作った。
風邪引いた時は、消化のいいものときまっているもの!
栄養とらなきゃ。
あたしの分は、もちろんなし。
常に余裕のないあたしの経済事情では、二食はちょっときつい。
でもね、一日一食で過ごすこともざらなんだから、ヘーきなのよね、わっはっは。
あたしはうどんと箸を机に並べて、和矢を座らせた。
ゆっくりとしたしぐさで箸を口に運ぶ。
どう?!
「……あたたかい」
うっ、ビミョーな反応。
そりゃあ、味に自信があるなんていえないから、わかってたけど、わかってたけどぉ……
ううん、この際味なんてどうでもいいのよ。
とにかく食べなきゃ、食わないと治んないんだからね!!
和矢は一、二口、口に運ぶと、それから箸を置いた。
「おまえが食えよ。オレはいいからさ」
そういって、角を挟んで座るあたしの前に、ゆっくりと押しやった。
わ~ん、あたしひょっとして、もの欲しそうな顔、してた?!
それともそんなにまずかった?
ちょっとショックをうけながらも、諭すようにいった。
「あたしは大丈夫よ。気を使わないで。美味しくなくても食べなきゃ身体がもたないもの」
矢は優しく微笑っていった。
「そうじゃないよ、マリナ。本当に食べれないんだ。喉が痛くてとおらない」
いつもは涼やかな声はかすれて、つらそうだった。
「ならいいけど……薬はしっかり飲んでよ」
あたしはうどんを食べはじめた。
そんなあたしを、肘をついて、和矢はやわらかい瞳で見つめていた。
う、なんだかいつもと変わんないなあ、あたしたち。
 
問題はその後だった。
和矢が布団で寝ないって言いだしたのよ!
なんでだと思う?
「オレはたたみでいいよ。おまえが布団で寝ればいい。おまえの家なんだし」
の一点張り。
「じゃあ一緒に寝ればいいじゃない」
っていえば
「おまえにうつしたくないから、できるだけ離れていたいんだ」
そういって譲らないのよ。
風邪をうつしたくないって気持ちは嬉しいわ。
あたしのことを第一に考えて、気遣ってくれてるのもわかる。
優しい和矢。いじっぱりの和矢。
でもね。
「病人のあんたをこんなとこに寝かせれる訳ないじゃない。あたしが離れるからいいわ。あたしはあんたと違って小さいしこの上なく健康だから座布団で十分だわ。
あたしはあんたを心配してるの。はやく良くなってほしいのよ」
あたしの気持ちをわかってほしかった。
「オレ、草だらけの広場や石の上で寝たこともあるんだぜ。たたみの上なんて上等だ」
「じゃあ、こうしましょう。あんたが敷布団、あたしが掛け布団でわけるの。今ならそんなに寒くない季節だし、いいわよね」
結構いい案だと思ったのよ。
和矢のメンツもたもてるし、あたしも妥協できる。
ところが、それでも首を縦に振らなかったのよ!
えーい、まだいうか、この強情っぱりが!
「頑丈なのが取り柄なんだから大丈夫っていってるでしょう!
どうせまた男だからとか女だからとか考えてるんだろうけど、そんなの関係ないわ。
草の上、石の上?あたしだって似たような体験くらいあるわよ。
まんが家マリナさまの人生経験を舐めないで。
あんたがつらいとあたしもつらいのよ。
和矢、あたしのことすきなら、心配くらいさせてよ!」
あたしは優しいあんたがすきだわ。
だからこそ、つらいときくらい、もたれかかってくれてもいいじゃない。
ね。
和矢は、じいっとあたしをみつめた。
熱でうるんだ瞳に光が溢れて、泣いているようにもみえた。
「わかった」
その声は驚くくらい素直だった。
 
午後10時。
あたしは電気を切るとできるだけ離れたはじっこに、壁にもたれかかって座った。
カーテンからもれる薄明かりに目が慣れてくると和矢の背中がうかんでみえた。
そおっと近づいてのぞきこむと、寝息が聞こえる。
風邪薬がきいてきたのか、相当つらかったのか、横になってすぐに寝てしまったみたい。
起こさないように気をつけながら、掛け布団をかけてあげた。
あたしの和矢。
おやすみなさい。
明日には元気になってほしいな。
あたしは眠る横顔にそっとキスして、心の中でささやくと、もといた場所に戻って座り込み、目を閉じた。
 
うーん……
えーっと、メガネ、メガネ。
あ、あった。
いつものように右手を枕元にはわせてメガネを探しあててかけた。
あ……れ、布団の中?
おかしいな、たしか昨日は和矢が泊まっていって、布団は和矢にあげたはず。
なんで布団にいるの?!
ひょっとして、あたしが寝ぼけていて、無意識のうちに追い出しちゃった、とか……?
あたしは血の気がさーっと引いていくのを感じた。
そこでしっかりと覚醒したあたしは、がばっとはねおきたの。
部屋を見回すと、この狭い四畳半のどこにも、和矢の姿はなかった。
「和矢?!」
怒ってでていっちゃったのお?!
その時、焦るあたしの声とは真逆ののんびりとした声が響いた。
「ああ、おはよう、マリナ。どうしたんだ、血相変えて」
台所から、ひょいと和矢が顔をのぞかせた。
よかった!いてくれた……
ひとまず安心して大きく息をついた。
それからおそるおそるきいたの。
「ねえ和矢、ひょっとして、あたしが寝ぼけてあんたを追い出しちゃったりした…?」
するとクスッと笑って答えた。
「オレのほうが早く起きたから、寝てるおまえを移動させただけだよ」
ほっ。
昨日あれだけ啖呵をきって、その結果がこれじゃあ、情けなさすぎるもんね。
「それよかさ、おまえうつってない?頭痛くない?」
あたしを見つめて、心配そうにきいた。
「ぜんっぜん。へーきへーき」
あたしは胸をはって答えた。
まず真っ先にあたしのことを聞くのね。
和矢は優しいな。
「あんたこそ大丈夫なの?身体」
「オレは大丈夫。もう熱もさがってる」
よかった!
「そしたら腹へっちゃってさ、なんかつくろうかとみてたんだ。
でもこの家の食べものをおまえの許可なしに勝手に食ったら怒られそうだし、どうしようかな~と考えてたところ」
そういって悪戯っぽく瞳を輝かせた。
大きな瞳をまるくして、少しおさなくみえる表情。
ああ、いつもの和矢の顔だ。
あたしは、和矢が回復した安心と喜びとで胸がいっぱいになるのを感じた。
「なんか食いたいものある?もうそろそろ店もあくだろうし、買ってくるよ」
しっかりとした足取りで、バイクのキーを手にとっている。
「あたしは別に何でもいいわ。おごってくれるならなんだって大好きよ。それよりあんたは何か食べたいものないの?」
和矢は、ちょっと顔を斜めにして、神秘的な黒い瞳を泳がせてから、照れくさそうにいった。
 
「少ししか食べられなかったからさ。
……マリナのつくったうどんが食べたい」