Opalpearlmoon

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恋の帰結

第三十一代ミカエリス家当主。
銀のバラ騎士団総帥。
誇り高きもの、選ばれしもの。
オレはこの言葉を胸に刻みつけている。
  
夏の名残りを残す初秋の朝。
いつものようにリムジンから降りたつと、ユメミは玄関のドアを開けてでてきた。
オレの顔をみると少し迷うように立ち止っている。
問いかけると、学校への送迎ことを気にしている、という。
そこにはオレへの気遣いが溢れていた。
仕方がない。怖がらせたくないと思い、黙っていた月光のピアスのもう一つの側面を話した。
途端、悲鳴を上げてオレの腕に飛び付いてきた。
道で大きな犬に出くわした子どものような反応。
その様子がおかしくて笑うと、彼女の瞳にすねたよう光が浮かぶ。
我が貴女は愛らしく素直で表情が豊かだ。
 
騎士団の心臓、敬愛する貴女。
守るよ、貴女を護るのは総帥であるオレの役目だ。
絶対に何物にも傷つけさせたりはしない。
微笑むとそっと肩に腕を回しリムジンへと促した。
 
…だ。――
         それは囀った。
 
 
星影のブレスを手に入れると火狩邸で事件がおきた。
火狩玲奈が交通事故を起こしたのだ。
それを心配し悲壮な面持ちをする火狩の横顔をユメミはひたすら見つめ続けていた。
魂を預けてしまったような素振りに、彼女があいつをどう思っているかわかった。
 
彼女の火狩との交際の許可を求める言葉に試すような響きを感じたのはオレの自惚れだろうか。
火狩はいいやつだ。きっとユメミは幸せになれるだろう。
言葉と裏腹に疼痛のような不快感が広がる。
妬いている…?
どうやらオレは騎士団の象徴の貴女が一人のものになるのは嫌らしい。
子どもっぽい感情に苦笑いをするとその感覚を打ち消した。
 
 …だ。――
        それは囁いた。
 
 
火狩遼による星影のブレスの強奪。 
それを調べるため偵察にだした光坂と高天が戻らない。深刻な事態に神経を研ぎ澄ます。
ユメミを同行させたのは浅慮だったか。高天の言うように家に残しておけばよかったのだ。
危険な目に合わせる可能性がある。
そう判断し先に帰らせることにした。しかし彼女の性格ならここで簡単に引くとは思えない。
オレへの信頼を高め、任せるのが最善であると導かなければならない。
 
わざと甘く見つめるとピアスが瞬いた。
瞬間、リムジンは急停止しその反動で真向かいに座っていたユメミが飛び込んできた。
怪我をさせてはいけない。受けとめ背中に腕をまわした。
 
「ユメミ…」
 
その言葉はどこから漏れたのか。かすかに腕にこもった力はなにか。
 
オレは驚いて見上げる視線を感じながら振り返り状況を確認する。
 
 …いだ。――
         それは呟いた。
 
 
学校へ遅刻の連絡をしたまま、ユメミは消息をたった。
満月の夜、高天が狼になり匂いをたどるという方法でようやく探し出すことができた。
病室で横たわる彼女を高天、光坂、冷泉寺が見守っている。
オレは同じく搬送された二人の様子を見るため病室をでた。
 
瓦礫の下になった彼女は血を流し意識を失っていた。痛々しい姿を見て自責の念に襲われた。
なぜ判らなかった?!なぜ火狩一人に固執した。可能性として視野に入れておくべきことだったはずだ。それにユメミが行動を起こすことは想定できた。
自分への怒りが激しく渦巻く。
もし火狩が庇っていなかったら死んでいたかもしれない。
護ったのは火狩。それに感謝しながらも焦げるようなものを感じた。
なぜオレはその場にいなかったのか!
ユメミを護るのはオレだ。
このオレだ。
他の男など、ありえない。
それが誰であったとしてもだ!
胸の奥から荒々しく湧き上がる感情。
貴女に対する総帥の責任か、ユメミに対する優位性の確認か、…独占したいのか。
この感情の根源はなんだ。
 
 …こいだ。――
           それの声がはっきりと聞こえた。
 
恋だ。
ああ、これは恋だ。
敬愛でも、崇拝でもない。恋だ。
愛らしく思うのも、護りたくて仕方がないのも
突き動かされるような衝動も、すべてその感情に帰結する。
 
 …認めてしまえば戻れなくなる。だから目を逸らしていたのか。――
 
違う、知っていたさ。
オレは銀のバラ騎士団総帥だ。
誇り高きもの、選ばれしもの。
そういう存在だ。
それ以外として存在するなど許せるはずもない。
 
恋というなら、それを越えるまでだ。
 
オレにはできる。
 
銀の短剣をホルスターから抜くと、宙に十字を切る。
それは瞬く間に霧散した。
散った欠片が消え去る瞬間、それは云った。
 
 ―それはどうかな 
              おまえはまだしらない――
 
低級魔の戯言だ。嘲笑い銀剣に目をやる。
満ちた月の光を反射し青ざめた銀の刃をみて
ふと……
胸がさざめくのを感じた。