Opalpearlmoon

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夏と祭りと浴衣のおまえ

ガキのころ、オレたちの間に違いなんてなかった。
いっつも、遊んでケンカして仲直りして、笑って怒って泣いて、また笑って。
その繰り返しがオレ達の日常だった。
いつからだろう、あいつは小さくなっていった。
オレの背が伸びただけなんだけど、隣にあった頭がどんどん下がっていき、見下ろすようになった。
いつからだろう、あいつは柔らかくなっていった。
てのひらも、腕も、ふれるところ全部が柔らかいと思うようになった。
 
気づいたらユメミは女の子になっていた。
 
学校からの帰り道は下り坂が多くて楽だ。
空気を切り、夏の風を頬に受けながら、オレはチャリを軽快に飛ばした。
長かった補習も終わり、ようやく休みを満喫できる。
うーん、!爽快
晴れやかな気持ちで最後の坂をくだる。
心地よい音を立てて家の前にチャリを止めたところで声が上がった。
「あー、高天のおにーちゃんだ!」
顔を上げると、ユメミん家から人吾がオレを指差して叫んでいた。
そしてオレのところへ弾むように走ってきた。
続いて玄関から天吾、ユメミがでてくるのがみえた。
三人は浴衣姿で、天吾と人吾は若草色と紺色の浴衣、ユメミは紺色に花柄の浴衣に黄色の帯で髪を上げている。
いつもと違う服装にどきりとする。
「あら、ヒロシ」
驚いた声でオレを呼ぶと、暑そうにうちわをパタパタ扇ぎながら、ユメミたちはオレのほうへと歩いてきた。
「なんだその格好……祭り?」
「今日は幼稚園の夏祭りなの」
いまどきの幼稚園ってそんなこともやってるんだ。
感心しているオレの前で、
「休みだし、パパも一緒に行きたかったけど、休日出勤で無理だって。企業戦士も考えものよね」
そういうと所帯じみたしぐさでうちわの端を唇にあてて、ふうっとため息をついた。
ユメミ、主婦通り越して、おばさんだぞぉ、それ……
「ねーねー、高天のおにーちゃんもいこうぜ!」
ふいに思い切り引っ張られて、大きく身体が傾いた。
グッと右足を踏ん張ってこらえ、そちらをみると、人吾がへへっとわらって、オレの腕をすり抜けて天吾の後ろに隠れた。
こら人吾、わざわざ中のTシャツをひっぱるな!気にいってるんだぞ!
「高天のお兄ちゃんもいこうよ」「いこうぜ!」
天吾のはにかみと人吾の大声がハモった。
「じゃあ、あんたもくる?」
双子とのやり取りを見ていたユメミがオレにきいた。そして、
「この前送ってもらった時に鈴影さんも誘ったんだけどねー、またねって言われちゃった」
そう悪びれることもなく付け加えた。
げっ、レオンを誘ったのかよ。
あいつがくるわけねーだろ。
こいつ、ほんとそういうとこ遠慮がないというか、図々しいよな。
あまりにも分け隔てないユメミの態度に呆れつつも、少し面白くなくて言ってしまった。
「つーか、オレ誘われてねーんだけど……」
なんでレオンを誘うわけ?
そこは口にしなかったけど。
「あんた今日補習でしょ。居残りかかるかもしれないし、誘えるわけないじゃない」
片手を腰にあて、うちわでオレを指すと、呆れたようにいった。
足元で、人吾がねーねー行こうよーとごね、天吾が期待をこめた目でオレを見ている。
オレは双子たちのこと好きだし、まあ、いいか。
ユメミと一緒ならオフクロもうるさくいわないだろうしな。
「いいぜ、つきあうよ」
「わあっ、やったあっ!!」
元気にこだまする双子の声。
オレは急いで玄関に向かい鞄を放り込む。
そして振り向き、
「天吾、人吾!!よーし、あの角まで競争だ!!」
高い歓声と同時に走り出す。
「ちょっとぉー、走るんじゃないわよ!危ないでしょっ」
暮れかかりの空の下、それより大きいユメミの声が響きわたった。
 
双子の幼稚園は、歩いて三十分くらいのところにある。
普段バス通いのせいか、その道のりはちょっとした冒険なんだろう。
前を歩く双子は、子犬のようにじゃれあい、はしゃいでいる。
こいつらと同じくらいのころは、オレ達もこんなんだったよなあ。
微笑ましい風景に妙に懐かしくなって、オレは目を細めた。
オレとユメミはその少し後ろを並んで歩く。
夕日が赤く染める中、お互いなにも話さなかった。
様子を窺うと、ユメミもあたたかい眼差しで双子を見つめていた。
黄色の髪飾りの下で、高く結んだ髪がそよいで揺れる。
結構髪色が明るいのな。
赤みをおびた光を浴びて、きらきらと光ってる。
ほとんど横顔の、斜めの顔。
気の強そうなツンとした鼻と、柔らかなまるい頬とぽってりとした唇。
小さな耳には月光のピアスが金色につやつやと輝いていた。
なんだか目が離せなくて、気取られないようさりげなく見つめた。
あ……
こいつ目の色が薄いんだ。
光りを浴びるとよくわかる。
薄い茶色をくっきりと黒く縁どってあって、それがなんだか神秘的にみえた。
新たな発見にどきっとする。
ユメミのこと、知らないことなんてないと思ってたのに。
こんなにきれいな目だったっけ?
夕日が落ちて茜色にかがやく瞳から目が離せなくなってしまった。
「なによ、じっと見て」
ふいに目があう。
ユメミはオレの肩下からいぶかしそうな顔をして見上げていた。
「なんでもねーよ」
見つめていたことを気づかれたのが恥ずかしくて、オレは慌てて前を向いた。
つい乱暴な口調になってしまう。
いつもなら照れ隠しに余計なひと言を付け加えてしまうけど、ぐっと飲み込んだ。
少しの間。
「ふーん、へんなヒロシ」
ユメミは妙に真面目な顔をして呟いた。
それからオレの前へ歩み出ると、振り返ってからかうように付け加えた。
「見てもなんにも出ないわよ」
一言多いのはおまえだっ!
 
幼稚園に着くころには、空は透明な濃紺色に染まりはじめていた。
夏祭りは、幼稚園主催とは思えないほどしっかりしたものだった。紙でつくった飾りやちょうちんで飾り付けられ、夜店もある。
園内は浴衣をきた園児たちとその親たちで、幼稚園の校庭はごった返していた。
ユメミは入ってすぐに他の保護者に声をかけられ、話しこんでいる。
お母さん付き合いもいろいろあるんだろう。
ああ見えて、主婦、だからなあ…
オレは天吾と人吾をつれて園内をまわることにした。
時おり双子の友だちと行き違いながら、店を見てまわる。
校庭を取り囲むように建てられたテントの夜店は、わたあめやフランクフルト、焼そば、かき氷にヨーヨー釣りにお面まであって、本物の夜店のようだった。
お、スーパーボールすくいがあるじゃん!
よしよし、おまえたちにお兄ちゃんの凄いところを見せてあげよう!
代金を渡して、ポイと器を受け取り、色とりどりのスーパーボールが浮かぶ水面の前にしゃがみ込んだ。
そしてポイを水平にくぐらせてつぎつぎと器に入れていく。
「高天のお兄ちゃん、すごい!」
だろー?オレ昔からこれ得意なんだよな!
お、特大のキラボール!
ポイをゆっくりと動かし水面ギリギリから器に入れようとしたところで、濡れたポイの紙が破れて、ボチャン!
あちゃ~、やっぱ最後じゃムリか。
がっかりする双子にすくったスーパーボールを渡したところで、
「変わってないわね~」
呆れたような声が響いた。
振り返るとユメミが焼そばをもって立っていた。
「最初は調子よくすくっていくんだけど、途中で欲出して大物狙って撃沈するのよね。ほんと変わってないわ」
なんだよ、特大キラボールは男のロマンだろう!
まったく、わかってないな!
ユメミは、はいはいと子どもを見るような目でオレをみて、クスッとわらうと、
「はい、これ。あたしのおごり。」
と、焼そばを差し出した。
おごり?なんで?
片手に乗せられた焼そばとユメミの顔を見比べる。
「ささやかだけど、今日のお礼よ」
「礼なんて。オレ何にもしてねえよ?」
「今日付き合って一緒にきてくれたじゃない。
二人ともあんたのこと好きなのよ、すっごく楽しそうだもの。やっぱり男同士だと違うのかな。
さっきも面倒見てくれたしね。
ありがとう」
ユメミは、オレ達の横でスーパーボールで遊んでいる双子を嬉しそうに見つめながら言った。
それから、オレの方をむいてにっこりと笑った。
へえ……
そういう気遣いを自然としたユメミに少しおどろいた。
オレ達の間に貸し借りなんてなかった。
今日だって、礼なんて思いつきもしなかった。
当たり前だけど、少しずつ大人になってるんだな。
感心すると同時に、オレ達の間がひらいてしまったようで少し寂しくなった。
「いいよ、気を使うなよ。オレが行くっていったんだし」
オレがおまえと来たかったんだし。
「でも、ありがとよ、もらっとくわ」
ユメミは照れたのか薄い瞳を大きくしてから、高く結った茶色い髪をふわっと揺らした。
あー焼そばー!!と食べ物の匂いに気づいた双子が騒ぐ。
あんたたちにも買ってあげるわよ、何がいい?
ボクかき氷がいい!ボクはフランクフルト!!
佐藤姉弟の楽しげな喧騒をききながら、オレは「お礼」に目をむけた。
 
すっかり日が暮れてたころ、オレ達は夏祭りを後にした。
ポツンポツンと街灯が照らす歩道を歩く。
オレと人吾は前を行き、後ろにユメミと天吾がいる。
別に二手に分かれた訳じゃないぞ。
人吾が大騒ぎして走るからは追いかけて前を行くことになったんだ。
買ってもらった流行りのヒーローのお面をつけて、人吾は大得意だ。
オレは怪人役。まあいいけど。
天吾は疲れたのか、ユメミと一緒に歩いている。
「ユメミちゃん!」
突然後ろから天吾の声が上がった。
驚いて駆け寄ると、ユメミがしゃがみ込み、天吾がしがみついていた。
「ごめんね、ユメミちゃん、ごめんね」
「いいのよ、あんたは大丈夫だった?」
天吾の頭を撫でながら、顔をのぞきこんでいる。
話をきくと、天吾がよろけて転びそうになったのをユメミが支えて、それでバランスを崩して倒れた、らしい。
足首を挫いたのか、みると右足が少し腫れているようにも見えた。
「ほら、下駄はいてるでしょ?いつもみたいに踏ん張れなくて、ドジっちゃった」
あははとわらうと、差し出したオレの手をつかんでよいしょと立ちあがった。
パンパンと浴衣についた汚れを払うと、
「足は折れていないから大丈夫」
といって左足に重心を乗せ、右足をかるくトントンとさせた。
そうはいっても、あの感じじゃ捻挫までいかなくてもそうとう痛いはずだ。
天吾は気弱なところがあって、すぐに落ち込むし、怖がる。
だから無理をしてでも平気なところを見せて安心させたいのだろう。
ユメミらしい。
でもさ……
「痛いんだろ、ほら、おぶってやるから」
背中を向けてしゃがみ込んだ。
「え、いいわよ。そんなおおごとじゃないし……」
「いいから、乗れよ。オレ部活で足やるやつみてるからわかるんだよ。ほらっ」
振り返ってユメミの手を引っ張った。
えーい、はやくしろ!
困ったような顔をして、それから覚悟を決めたように頷いた。
遠慮がちに両手が肩にかかると、背中にゆっくりと重みがうつる。なるべく足を開かせないように気を使い、後ろに腕をまわした。
「しっかりつかまってろよ」
立ちあがると、背中にぐっと重みがかかる。
背中からずり下がりそうになって、ユメミは慌ててオレの首に両腕をまわした。
思っていたより、重い。
そりゃそうだ、ユメミは女の子なんだもの。
もうガキじゃない。
オレだって、そうだ。
オレは男でよかったよ。
こうしておまえを背負うことができる。
こうやっておまえを助けることができる。
オレ達はガキのころより、もっと近づくことができるよ。
そう信じたい。
 
しかし、倒れた時によくドキッとしなかったな。
オレはようやくその可能性に気づいてひやっとした。
こんなところで変身したら、誤魔化しきれねーぞ。
小声で右肩から顔を出しているユメミにささやく。
「おまえ、ぜってードキッとすんなよ」
「こんな状態でする訳ないでしょーっ、馬鹿!」
消音した大声でユメミは叫んだ。
その様子が可愛くて、オレは声をだして笑った。
 
夏と祭りと浴衣のおまえ。
名残惜しい気分で、帰路を行こう。
 
さあ、家まではもうすぐだ。