Opalpearlmoon

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夜想う

バンドームの眼差しには明らかな失望が、声には譏訶の響きがあった。
――罪を犯した自分に向けて。
 
あのとき、自分を止めることができなかった。
どうしても。
どうしても。
 
夢中で抱きしめて、想いを告げた。
そこには彼女を思いやるよりも、自分を押しつける方が優先されていた。
彼女の柔らかさを体中に感じ、折れるほど強く抱きしめた。
愛しくてたまらなくて、ただただ心のままに恋を晒した。
 
最低だ。
命よりも大切な誓いは破られ、誇りは地よりも深くに堕ちた。
堕落した。
総帥位を穢したのだ。
罰せられなければならない。
その一心でバンドームに連絡をしたのだ。
 
それは恩赦ではなく、緩やかな刑罰のように思えた。
オレは罪を抱えていきていかなければならない。
業火に焼かれ、屈辱にまみれる煉獄の道だ。
七聖宝の奪還だけが希望に思えた。
それをやり遂げることだけが、生きながらえた意味だ。
この胸に残るぬくもりは咎人の烙印、それを雪ぐために生きるのだ。
 
彼女は遠い異界から戻ってきた。
あの男は、彼女はオレを愛しているという。
だからカンタレラを拒絶したのだ、と。
 
本当だろうか。
彼女がオレを真摯に受け止め、そこに情愛を感じることもあった。
真摯にみつめる瞳の中に特別なものを感じたこともあった。
だが、それは情深い彼女にとって、特別なことではなかったはずだった。
 
震えるように嬉しく思う自分がいる。
そう思うことを激しく嫌悪する自分がいる。
わななくように恐ろしく思う自分がいる。
 
どこまで堕ちるのだろう。
いつかオレのために彼女を傷つけることをためらわないようになるのだろうか。
いつか自分自身すら裏切り、誇りを捨ててしまう日がくるのだろうか。
 
銀剣を手に取り、その聖刃に指先でふれる。
瞑目し、唱える
オレは、誰だ。
誇り高きもの、選ばれしもの。
誉れ高きミカエリスの第三十一代 当主。
崇高なる銀のバラ騎士団  総帥。
統べたるもの、超越せしもの。
それがオレだ。
オレであったはずだ。
 
眠る彼女の苦しげだった息は整い、安らかにつつまれている。
 
彼女がいる。
奪い去られた君は今、この世界に、この場所に、オレの隣にいる。
彼女といる。
失われなかった君は、胸の奥から喜びを湧きあがらせ昂揚させる。
 
これほど悔い、傷ついても、彼女を愛しいと思うのを止められないのだ。
 
想うだけなら、罪ではない。
惟うだけなら、咎ではない。
 
絶望にも近い思慕を抱えるしか他に、ない。
 
目覚めたときには恋の記憶は失われているという。
それでいい。
このまま静けさの中に溶けてゆけ。
 
彼女の想いがどこにあろうと、オレには、意味を持ってはいけないのだから。