Opalpearlmoon

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Xmas kiss  中編

 
 
動物園へと続く広い道を、家族連れやカップルが、同じ方向を目指して歩いている。
美術館や博物館もあるから、そっちに行く人もいるんだろうけど、それにしても多い。
一定距離を保って歩いてるから、ぎっしり混んでいるってわけじゃないけど、早足で歩けないくらいには人がいる。
クリスマスイブじゃないし、そんなにいないと思ってたんだけどな。
25日も繁盛するもんなのねえ……。
幸せの溢れる人たちの中、あたしと和矢もその一員として、ゆっくりと歩いていった。
 
そして動物園に着いた。
やっぱり人が多かったけれど、券売機も入場口も数が多くて、そんなに時間はかからなかった。
大きなアーチの下の券売機で入場券を2枚買って、入場口へ。
そうしたらねっ、もぎりのお姉さんは和矢の差し出した入場券と、それからあたしと和矢を見比べて、ニッコリ笑って、
「お客さま、小学生以下のお子さまは無料となっていますが……払い戻しはあちらです」
といったのよおっっ!
とたん、ぷっと吹き出して、和矢はお腹を抱えての大爆笑!!
しょ、小学生に間違えられた!!
そりゃあ、あたしはチビだけどっ、見事な幼児体型っていわれるけどっ、これでもりっぱなセブンティーンよっっ!!
どこに目えつけてんのよっ失礼な!っていいたいけど、自分のことは自分が良く知ってるもの、いえないわっ、わ~~~んっっ!!
「あの、お客さま?」
笑いこける和矢と顔を赤くするあたしをみて、不安そうにお姉さんが声をかけた。
和矢はようやく笑いを止め、涙を浮かべた片目を細めて、あらためて入場券を差し出した。
「こいつ、こうみえても17歳なんです。だから、2枚」
すると今度はお姉さんが信じられないと目を丸くして、絶句したの。
その顔をみてまたもや和矢は笑いだしたのよお!!
くっそ、和矢のバカヤロウ。
笑いすぎ!!
あたしは悔しくなって一人で改札をつっきり、和矢を置いてずんずんと歩き出した。
なによ、あんなに笑うことないじゃないの。
ムカムカしながら正面にある花壇の前まで来たとき、追いついた和矢があたしの二の腕を掴んでひきとめると、悠然とあたしの前に立った。
「ごめん、機嫌直せよ、ほら、入場券」
すこしかがんであたしに目線を合わせ、入場券を前に差し出した。
吸い込まれそうな黒い瞳にすまなさをにじませて、みつめている。
そんな顔してもすぐには許してあげないんだからね!
ぷいっと横をむくと、和矢はあたしの両肩に手を載せて囲うようにして、精悍な頬をかたむけてあたしの顔をのぞきこんだ。
「そんなにむくれるなよ」
「なによ、さんざん笑ってたくせに」
「あ、それはさ……」
和矢は一瞬言葉をつまらせてから、困ったように目線を空へ泳がせた。
わーん、やっぱり、ガキだと思ってるでしょっ!?
「あやまるよ、あやまる。そんな顔するなよ。ごめん」
その瞳は真剣で、心からのものなのがわかったの。
だからうなずくと、和矢はからかうような響きで、はにかみながらいった。
「今日はさ、いつもとちがうよな。ピアノの発表会みたいなカッコだもんな」
あたしの一張羅が、ピアノの発表会!
あながち間違っていないのが、ツライ!
やっぱりそういうこというんじゃない、と思って目をあげると、熱い瞳があって、あたしはこくんと息をのんだ。
「女の子の服装だよな。オレは好きだよ」
そして、溶けてしまいそうなくらい甘やかにみつめた。
「かわいいって、思った」
とたんに耳まで真っ赤になるのを、あたしは感じた。
心臓がバクバクして、見惚れる暇もないくらい。
そんな風にストレートにいわれるとまだ照れちゃうのよ、嬉しいけどっ!
和矢はくすっとわらって、たちすくむあたしの背中に腕をまわして向きを変えた。
「いこっか、なんかみられてるみたいだし」
見上げると、和矢も頬にうっすらと照れを浮かべている。
そうよ、ここは公衆のど真ん中、じゃない。
キョロキョロと見回すと、なーんか、妙な雰囲気。
べつになにをしていたってわけじゃないけど、でもね、恥ずかしい!
「どこからみたい?」
いつのまにか手にしていたパンフレットを手にもって、仕切り直すように聞いた。
「そうね、やっぱり、パンダ!」
上野っていったら、パンダじゃない!
急くようにいうと、照れの混じった苦笑いをして、親指でその方向に指を向けたのだった。
 
ところが!
パンダはとっても人気があって、パンダ舎を囲むようにぐるっと行列ができていたのよ。
なんでこんなに並んでるのよ、来日してから何年たってると思ってんの!
あたし、並ぶのって、キライ!
「あとにしようか。もう少ししたら空くんじゃないか」
その提案にあたしは一も二もなく頷いたのよ。
 
それからあたしたちはゾウ舎、サル山と見てまわった。
ゾウもおサルさんも実物をみるのは久しぶりで、あたしはずいぶんはしゃいでしまった。
思わずスケッチしてしまったくらい。
うっ、デートなのに何やってるのって、責めないでっ。
美しいものや珍しいものは描いておきたくなるのよ、まんが家のサガよっ。
今後なんかの役に立つかもしれないし。
写真集じゃ質感や細かいところまでわかんないし、実物をみてのリアリティって大事よ。
和矢はそんなあたしを、目をほそめてみていた。
あたしのことをよく知ってるから、慣れているのね。
もっと怒られるようなときにも描いていたからねえ……。
そうこうしながら歩いていくとモノレールの乗り場がみえた。
モノレールに乗り、園内を眺めながら移動をし駅を降りると、立ち枯れた蓮の茂る不忍池がみえた。
そして、ペンギン舎がみえたの。
ペンギンたちは、人工の小山に登り、並んで日向ぼっこをしている。
かわいい!
かけよって、思わずスケッチ。
「ペンギンって、おまえに似てるよな」
スケッチブックに鉛筆を走らせていると、隣に立った和矢がぼそっとつぶやいた。
「なんつーか、ちびでちまちましていてトロそうにみえるのに、ときどき水ん中のペンギンみたいに一目散に進んでいくところが似てる。水ん中じゃ、つかまえられない」
それって、どういう意味よっ?
和矢は、いたずらっぽく微笑むばかりだった。
 
しっかしたくさん歩いたわ……。
その上、季節は冬だもの、インドア生活のまんが家としては、けっこうツライ!
頭までくらくらしてきてしまった、どうしましょっ!?
「少し休憩しようか」
そんなあたしの様子を見てとったのか、いってあたしを道の中央のベンチに座らせてくれた。
それから自分の巻いていたマフラーをあたしの首にかけて、やさしく結んでくれたのよ。
「寒かったろ?ごめんな、気がつかなくて」
あたしの耳をあたたかい掌でつつむようにふれて、そのまま指先を頬に滑らせる。その指先はあたしの赤くなった鼻より冷たかった。
「あ、ありがと。和矢は寒くないの?」
「なにかあたたかいもの買ってくるよ」
瞳だけで笑って、くるりと背を向けて、奥へと走っていった。
その大きな背中を見送りながら、あたしはあらためて思ったのよ。
ああ、和矢はすてきだなって。
マフラーを貸してくれたことはもちろんなんだけど、それだけじゃなくて、その巻き方がね、メンズものが女のあたしに似合うようにかわいらしくしてくれたのよ。
そういう心遣いが、凄いと思う。
そんなにしてくれなくてもいいのにって思うときもあるけど、自然にそうすることができるのが和矢という人なんだと、あたしは痛いほどに知っている。
じーん、としながら待ってると、5分もしないうちに戻ってきた。
手渡されたのは紙コップのココア。
両手でつつんでぬくもりを確かめる。
和矢は長い脚を持て余すように、あたしの横に座った。
「かんぱい」
おどけていってあたしのコップに軽くふれてから、唇をつけた。それをみてから、あたしも口をつけた。
「あったか~い、美味しいっ!」
あたたかさと濃い甘さがつかれた体に染み入るようで、いつも以上に美味しく感じたのよ。
和矢が買ってきてくれたっていうのもあるんだけどねっ。
あたしたちはしばらく無言でココアを飲んだ。まあ、あたしは飲むのに夢中になってたんだけど。
すっかり飲みほして隣をみると、両膝に肘を付き空になったコップを両手でもって、真剣で思いつめたような瞳であたしをじっと、みていた。
目が合うと、とたんかるく目を伏せ、それからもう一度あたしの目をみていったの。
「オレを描いてくれないかな」
えっ。
「おまえさ、スケッチブックを持ち歩いてて、ことあるたびにスケッチしてただろ。今日だって描いてた。
ほんとにまんがが好きなんだなって思えて、オレ、結構好きだったんだぜ。 
だからさ、クリスマスプレゼントに、描いてくれないか。今日の記念に」
照れを頬にうかべて、少しくちごもるようにして、いった。
あたしは、うれしかった。
和矢があたしにこんな風に何かしてほしいっていうの、初めてな気がする。
今までしてもらうばっかりで、してあげたことってあんまりない。
だからうれしかったの、和矢にしてあげられることができて。
そういってくれて。
だから、張り切って応えたの。
「そんなことお安いご用よ。いくらでも描くわよいつでもいって!じゃあここで描くわね」
急いでトートバッグからスケッチブックと筆箱をだして、さらに鉛筆をだして用意をした。
「えっと、あんまり近いと描きにくいから、動物の前に立ってくれる?そのほうが雰囲気がでてすてきに描けると思うから」
和矢は小走りで動物舎の柵の前に立って、こちらを振り返った。
「こんな感じでいい?」
いいけど……。
姿勢がいいのはいいけど、キリンやサイの前でモデル立ちは、なんか違うわ、感じがでないっ。
「そんなかっちりしてなくていいわよ~!もっと自然にしてて!」
自分から言い出したくせに緊張していた和矢は、しだいにリラックスしてきたみたいで、振り向いて動物舎を見たり、隣で見物している男の子に、人好きのする笑顔を見せるようになった。
小さな冬の風が、見事なカーブを描き落ちる前髪をくすぐり、ふわりと揺らした。
暮れる前のにぶい太陽の光は、透きとおった風にきらめいて、金色の帯となって抱擁するように、かがやかせている。
まばゆい光の中でほほえむ彼は、神話の英雄のように誇らしくて、あたしはぽうっと見惚れてしまった。
彼の纏う金色の風があたしに届き、あたしをつつみこんでいく。
 
好き。
和矢のことが好きだって、あらためて思った。
 
あたしは幸せな気持ちでいっぱいになりながら、今の彼を刻み込んでおきたくて、鉛筆を走らせたのだった。
 
 
そして数十分して描きあがった和矢の絵は、あたしが今まで描いたどんな絵よりもすてきに仕上がった。
和矢は興味しんしんといった感じで、スケッチブックをのぞきこみ、
「これがオレかぁ、似てる似てる」
まじまじと見つめて、感心したようにいった。その様子はとってもうれしそうであたしはホッと胸をなでおろした。
ちょっとは心配だったのよ。
「自信作なんだからね、当り前よ」
なのに口ではこんなこといっちゃうあたしの素直じゃなさが、ああ、にくいっ!
自己嫌悪するあたしを見透かしたようにクスッと笑うと、和矢はスケッチブックから丁寧にきりとって、折りたたんでポケットにしまった。
「いいクリスマスプレゼントになった。ありがとうな、マリナ」
真実をみすえるような黒い瞳には、あたしへの感謝があふれていた。
それがうれしくて、あたしはもっと喜ばせたくて、いった。
「ふふ、あたしの選んだプレゼントも素敵なんだからね!楽しみにしててね」
「そうなの……」
そーしたら、大きな瞳をこぼれおちそうなほど見開いて、つぶやいたのよ。
その反応、まさかあんた、あたしがなんにも用意していないと思ってたんじゃないでしょうね?
一度あたしについてどう認識しているのか問いたださないといけないわねっ!
すると和矢はむくれるあたしの頭をポンポンとなでてから、腕時計を指差して、とってもすてきなウィンクをした。
「もうそろそろ戻らないと、パンダ見損ねちゃうぜ」
 
わっ!!