Opalpearlmoon

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Xmas kiss 後編

 
パンダ舎は閉園時間も間近にせまっているせいか、さっきよりかはだいぶ人が減っていて、並ぶことはなかった。
だけど、だけれども!
中はぎっしりと行列ができていて、歩きながら眺めていくのがせいいっぱい、立ち止まることもできなかったのよ。
これじゃまるでベルトコンベアー、流れ作業ならぬ流れ見よっ!
がっかりだわ。
しかし正味5分程度の観賞時間とはいえ、しっかり見てきてやった。
案外大きいところや、鋭い目つきや、しっかりした爪なんかを。
模様がかわいいだけで、しっかり熊よね、パンダって。
それでこれだけ喜ばれて食っていけるんだもん。
ただの熊じゃこんなに騒がれてないはずよ、かわいいって得よね。
感想を聞かれてそう答えたら、
「……ほんとマリナはおもしろいな」
和矢は呆れ半分、感心半分な感じでおおきく息をついたのだった。
 
あたしたちが動物園を後にしたころにはすっかり夜の帳が降りて、ミッドナイトブルーの空にきらきらと星が瞬いていた。
和矢の友だちのお父さんのお店、というのがここから歩いて10分くらいのところにあるってことで、連れられるまま向かったんだけど、これが20分たっても辿り着かなかった。
大通りから外れた住宅街の中にある隠れ家レストランというお店は、見渡してもそれらしい建物はなく、マンションや一軒家が立ち並ぶばかりだった。
「あれ、この辺だと思うんだけどな」
歩道の街灯の下で、地図の描かれたメモを片手に珍しく慌てていて、いけないんだけど、うれしくなってしまった。
だってねえ、いっつもあたしばっかりポカやって、さんざん好き放題にいわれてきた訳よ。
それが今、道に迷って焦ってるんだもん、きゃは、和矢ったら、かーわいっ!
あたしのことだったら、全然気にしなくていーんだけどなっ、ずっとみてたいくらいよ。
清潔な感じのする唇を指先で覆うようにしてメモとにらめっこしている彼を、内心にやにやしながら見上げていた、その時だった。
くらっとまた、目眩がしたのよ。
踏ん張ろうとしたんだけど力が入らなかった。
足だけじゃなくって、全身に。
えっ。
何、これ……。
「マリナ、どうしたんだよ、おい、マリナ!!」
すがるように伸ばした手も虚しく、驚く和矢の声が遠のいていき、抱きとめる強い腕を感じながら、あたしは気を失ったのだった。
 
あったかい。
最初に感じたことは、あたしを包むその感覚だった。
それから背中の硬さと、頭の下のぬくもり。
ゆっくりと瞼をひらくと、目の前に和矢のど・アップがあったの。
えええっ!
この状態は……膝枕されて、寝てる!!
いそいで起き上がろうとすると、
「急に起き上がると危ない」
和矢はやさしくあたしを制して、それからほうっと安心したように息をついた。
「ここ、どこ……?」
「わかんねー。どっかの公園」
見上げると、傍に立つ街灯があかるく照らし、すっかり葉を落とした高い樹の入り組んだ枝ぶりがみえた。
次にあたりを見渡すと、反対方向にはぼんやりとブランコと滑り台が浮かびあがっているのがみえ、ここが全体が見渡せるほどのちいさな公園であることがわかった。
最後にあたし自身をみると、体には和矢のコートがかけられていて、ベンチで寝かされ、膝枕をされていることをあらためて確認したのだった。
「急に倒れるもんだからさ。その場に寝かすわけにもいかないし、まわり住宅地で休ませるとこなんてないだろ。
ちょうど公園があったからそこに寝かしったってわけ。
あともう少し気がつくのが遅かったら、救急車をよぶとこだったぜ」
真剣な瞳でのぞき込み、あたしの髪に指をくぐらせてやさしくなでてくれた。
「どうしたんだよ。おまえが倒れるなんて……心配したよ」
自分が苦しいのかのように眉をひきしぼり、不安げにくちびるをゆがめる様子をみて、彼がどれだけあたしのことを心配してくれていたか、痛いほどに伝わってきた。
あたしは自分のことでそんな顔をさせてしまったことが申し訳なく思って、安心させるために思いつく限りの心当たりを話した。
「大丈夫よ、心配しないで。 どこか悪いってことはないと思うわ。多分ただの疲労だと思う。ここ何日か徹夜だったから」
とたん、和矢の瞳に緊張が走ったのよ。
あ、まずい……。
あたしは自分の発言がいかにまずいものであったか気付き、青ざめた。
そうよ、徹夜なんていったら、気にするに決まってるじゃない。
特に和矢は。
「徹夜?どうして」
案の定、聞かれてしまった。
「いまって特にまんが家って忙しい季節でね、アシをまんが家仲間何人にも頼まれちゃって、どうしても断れなくって徹夜になっちゃったのよ」
あははとつとめて明るく笑っていった。
あなたのために頑張ったなんていわない。
自分の気持ちをお仕着せがましいものにしたくなかったから。
「そうなんだ。友だちのためとはいえ無理すんなよ」
和矢は翼のような睫を震えさせ、人をみすえるような瞳でじいっとあたしの瞳をのぞき込んでいった。
「うん、心配かけてごめんね」
そう、喜んでもらいたかったのに、結局心配をかけてしまって、これじゃ本末転倒もいいところだわ。
うまくいかない自分が嫌になってしまう。
でも、それは見せちゃいけないことだと思ってる。
話せば、気遣いするなって言ってくれると思う。でも、それじゃ自分の気持ちが楽になるだけよ、和矢のことだもの、気にしてしまうに違いない。
あなたのやさしさを知ってるからこそ、やさしさに甘えるだけのことはもうしたくないのよ。
だってあたしは和矢の恋人なんだもん。
心配かけてごめんね、本当に、ごめんね。
あたしは、心の中でつぶやきながら、その黒い瞳を見上げていた。
 
「そういやさ、これって、貰ってもいい?」
ふと思い出しようにいってとりだしたのは、かわいくラッピングされた、あたしのトートバッグに入っているはずのクリスマスプレゼントだった。
「なんで持ってんのよ!?」
おもわず起き上がって手を伸ばすと、ひょいとあたしの手をさけて、頭の上にもっていった。
「おまえが倒れた時かばんから落ちたんだ」
あ、あのとき!?
本当はもっとロマンティックに素敵にムーディーに渡すつもりだったのよ、それが落としたから拾ったなんてかたちになるなんてっ!
動揺するあたしを和矢は見透かすように笑って、それからうれしそうにいった。
「みてもいい?」
「いいわよ」
本当はもっと特別な感じでプレゼントしたかったけど、いまさら返してもらってあげなおすのもね。
頷くと、ワクワクした様子で綺麗にリボンをはずし、小箱をあけ、喜びを顔中にあふれさせながら、中からキーホルダーをとりだしたのだった。
あたしは、そんな彼を見てうれしくてたまらなくなった。
喜んでくれてる、よかったっ!
「ありがとう、大事につかわせてもらうな」
和矢は、一呼吸おいてから、精悍な頬をちょっとだけ緊張させて、想いをこめるようにしていった。
それからくいいるように、あたしをみつめたのよ。
その眼差しに焼かれるように顔が赤くなったあたしは、思わずうつむいてしまった。そして起き上がったことで、膝に上にひっかかるように乗っていたコートに気付いたのよ。
「あ、これ返すわね」
この寒さの中で、マフラーもコートもあたしにくれて、自分はニット一枚だけ。
寒そうな素振りもみせずに、平然としてるのが、意地っ張りでとってもやさしい和矢らしかった。
ずっとあたしにかけてくれていたのよね。
それに感謝しながら手渡すと、とたんにブルって、ハクション!
すると和矢はコートに腕を通さないで肩かけにすると、前を掴んであたしを抱きこんだのよ。
ひざの上に座ってしまいそうな勢いで引き寄せられて、隙間もないくらい密着して、どきんとした。
「こうすれば、あったかいだろ」
「……うん」
からかうような声とはうらはらに力強い腕が、彼の気持ちをあたしに伝えた。
頬や体中に和矢のぬくもりを感じ、和矢の爽やかな香りに包まれて、それがあたしをもっとどきどきさせた。
うっとり身をまかせたいところだけど、明らかに心臓がオーバーワークで、なんだかくらくらしてきてしまった。
うっ、どきどき動悸がとまんないっっ!
このままだとさっきみたいにぶっ倒れちゃういそう。
それはまずいわ、また心配かけちゃう。
そこで自分をクールダウンさせるため、素敵なムードを破るように、あわてて話しかけた。
「そ、そういえばね、さっき寝てた時にあの樹に鳥の巣がみえたんだけど、あれってなんの鳥かしらね」
真上の高い樹の枝元のあたりにまるい黒い影がみえたのよ。
いってあたしは見上げながら指をさした。
同じように空を仰いでその影を確認すると、和矢は小さく息を呑み、ささやくような声でつぶやいた。
「……ヤドリギだ」
ヤドリギ……はてどっかで聞いたような。
そうよ、「愛の迷宮で抱きしめて!」のときに聞いたんだわ。
「知ってるわよ、ヤドリギって樫の樹に寄生して、冬でも枯れないんでしょ」
「そう、よく知ってたな、マリナ。山の方の高い樹ではよくみかけるんだけど、 こんな街中の低いところにあることなんて珍しい」
感心したようにつぶやいてから、いきなりかすめるようにキスしたのよ。
きゃあっ!
突然のキスにびっくりしていると、和矢は悪戯をした男の子のように照れ笑いをしながらいった。
「知ってる?クリスマスの日はヤドリギの下にいる女の子に、男の子はキスをしないといけないんだってさ」
それから、あたしの頬を包みこむように片手を添えて、自分の全てを注ぎこむように、まっすぐにみつめた。
ああ、息が止まりそうなほどの情熱を感じ、胸の奥が甘く痺れて、幸せで溶けてしまいそう。
「そしてヤドリギの下でキスをした恋人は永遠に結ばれるんだ」
たずねるように揺れた瞳に、こくんと頷いて答える。
あたりまえじゃない、すてきなクリスマスキスだもの。
 
そうして、甘やかに瞳をきらめかせ、世界中が魅了されてしまうくらい魅惑的な微笑みをうかべて、和矢はあらためて深くキスをしたのだった。