Opalpearlmoon

Yahoo!ブログから移転しました。

十五夜と満ちない月

風呂から出ると、まずはベランダにでるのがオレの日課
9月っていってもまだまだあつい。
タオルで髪を拭きながら窓をあけ外に出ると、ユメミん家の庭にススキとダンゴが供えられているのがみえた。
ススキ、ダンゴ、お月見、十五夜……
「……今日って満月だっけ?!」
やばい、変身しちまう。衝撃にそなえて身を硬くする。えー上は着てねーから下だけか。
あれ……
「なんで変身しねーの!!」
すると下から、呆れたような声がとんできた。
「ヒロシぃー、中秋の名月はね、旧暦の815日のお月さまのことで満月とは限らないのよ。満月はあした」
ユメミだ。パジャマ姿にサンダルをはいて庭からこちらを見上げてる。
「そうなの!?知らなかった……」
心底びっくりした。だってお月見だぜ、満月だと思うじゃん。普通しらねーよっ!
……ってことは大丈夫なんだ。
「じゃあさ、オレそっちいっていい?ダンゴうまそうだし」
オレは部屋に戻り、パーカーをひっかけるように羽織ると、階段を駆け降りた。
 
ユメミん家とオレん家を隔てているフェンスを乗り越え中にはいり、ユメミのいる庭に出た。
ひょい、と月見ダンゴを一個掴み口に頬り込む。
へへ、もーらいっとっ!
「ちょっとお行儀がわるいわよっ、しょうがないわねー」
両手を腰に当てていう。
オフクロか、おまえは。
「いいじゃん、うまかったよ」
いいながらユメミの背中をポンとたたき隣に立った。
並んで月をみる。
夜に浮かぶあと一歩の丸い月は、雲ひとつない空を明るく照らしていた。
シャンプーの匂いがする。狼になるようになって鼻が利くようなったから、ユメミの匂いと混じってくらくらするくらいそれは甘い。
隣にたつと余裕でユメミを見下ろせる。
微かに湿り気を残す髪がうなじに張り付き、それがたまらなく色っぽくて、どきっとした。
意識しだすと、丸い肩や案外起伏のあるパジャマのラインなんかが気になってくる。
いけねー、こういうの。
カアっと顔が赤くなるのを感じて急いで月を見上げた。
こういうとき、ユメミは女の子なんだなあとなんだかすごく照れてしまう。
大体風呂上りでパジャマなんかで外にでんなよ。
無防備すぎんだよ、ユメミは。
 
「そういえばさー、よく皆でお月見したわね」
懐かしそうにユメミがいった。
「そうだな、オレとおまえでススキをとってきて飾ったっけ」
ガキのころ、オレとユメミん家でいろんなおまつりをした。ひなまつり、子どもの日、七夕、クリスマス、メイデイやハロウィンなんて聞いたことのないようなこともやった。
月見も毎年やった。オフクロとユメミのオフクロ、オレとおまえで月をみたっけ。
オレにはなにが面白いのかわからなかったけど、ダンゴが美味くてそれが楽しみだった。
「そうそう!向かいの原っぱ!ヒロシはいっつもコウロギや鈴虫ばかり探してたわね」
「おまえだって一緒だったろっ」
「そんなことないわよ。あたしはちゃーんとススキもとっていました」
「も、ってなんだよ、も、って!」
オレがユメミを見ると目があった。最初におまえがくすくすと笑いだし、それをみてオレも笑った。
こうやって並んで笑いあって。
ほんと、今も昔も変わんないな。
そうしてオレ達はゆっくりと月を見上げる。
「オレ、こうやっておまえと十五夜の月を見れるとは思わなかった」
少しだけ欠けている月。オレとおまえみたいだ。
ずっと縮まらない距離。満ちない月。
月光のピアスが外れたとき、おまえと二人で満ちた月を見ることができるだろうか。
 
できるだけ明るい声でいった。
「お前、明日誕生日だろ。予定、あるの?」
「予定?明日はパパも早く帰ってきてくれるっていうし家族でお祝いよ。毎年そうじゃない」
あっけらかんと答える声に内心ホッとする。
そう、いつもユメミん家は家族でお祝いをする。
でも来年は?再来年は?おまえはいつ家族以外と祝うの。
なんでオレがこんなこと聞いたかわかってる?
もどかしくなって、二の腕をつかんでこちらを向かせ、引き寄せた。
月明りの下、見開いた瞳にオレの顔が映ってる。
オレは真剣に、心に刻みつけるようにいった。
「明日は満月だっていうしな、先にいっとくわ。誕生日おめでとう」
――オレが一番に言いたかったんだ。おまえの誕生日のお祝い。だから……
瞬間、心臓が握りつぶされるような衝撃が走り、前のめりに崩れ落ちた。

変身だ、ちきしょう!
 
「ユメミ!やるなっていってんだろ!これじゃ満月と変わんねーじゃねーか!」

すっかり狼となったオレは月に吠えた。