Opalpearlmoon

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教訓の騎士の報告 前編

5月1日、私は騎士団の命により日本へと降り立った。
気流の乱れによる搭乗機の遅れにより、到着予定時刻をかなり過ぎての到着となってしまった。
手早く日本支部ロッジに連絡を入れると迎えの車に乗り込む。
今回の来日の目的は失われた七聖宝の一つ、オンディーヌの聖衣の情報を渡すこと、入団候補生の審査、そして総帥の監査だ。
通常騎士団への入団は身元や素質がはっきりとしたもの、すなわち格のある家柄や実績が求められる。
本来ならどこの馬の骨かわからない日本人など歯牙にもかからない。
しかし月光のピアスに関連する一連の事件に深く関わったことと、総帥レオンハルトの強い推薦があり候補生となった。
彼らは月光のピアスの影響下にある。銀のバラ騎士団始まって以来、月光のピアスが本来の姿で存在し、装着されているという事態は初めてのことだ。
それを観察し、監視下におくという意味ではよい方法でもあろう。
そして総帥の監査。
表向きは一年ぶりに所在が明らかになったオンディーヌの聖衣の情報を渡すことだ。
しかしそれは同時に総帥の資質を問う為の考査でもある。
総帥とは常に試練に向かい、それに打ち勝っていくものだ。
どのように騎士団の至宝である四精霊の聖宝、水のオンディーヌの聖衣を取り戻すのか。私はそれを監視し報告しなくてはならない。
 
レオンハルトは少年のころから知っている。前総帥のもとで育った優秀な青年だ。
総帥就任から一年たつ。
流れゆく日本の景色を眺めながらわずかに懐かしく思った。
 
レオンハルトは美しい黒髪をゆらし、銀のバラ騎士団日本支部のロッジにて迎えてくれた。
そして応接室に案内し、そこにいた入団候補生たちを紹介した。
青髪に薄い髪色の少年、そして短髪の少女。
騎士候補生の三人。月光のピアスの影響下にあり、狼、猫、鷹に変化するという。
何をしていたのか、服装が乱れている。
そして貴女。現在の月光のピアス装着者。
教訓の騎士とは騎士たちが規律を順守しているか監査することが任務の騎士位である。
不正や虚偽を見落とさないため、他の騎士たちよりも観察力、洞察力、記憶力を鍛える。
とりわけ重要視されるのが直感だ。優れた人間の直感はどのような情報よりも有益なことがあるからだ。
私の貴女に対する直感を言葉にするなら「まずいな」だった。
 
レオンハルトは間違えている。
 
私は若き総帥を四誓願にて律した。
彼のこめかみが動き、瞳の色が凝る。
まあ、及第点だ。
一息つき、休もうとすると今度は貴女が私に意見をしてきたのだ。
まずは呆れた。総帥のもとで師事しておきながらまったくマグヌス・マジスターというものを理解していない。
そして教訓の騎士である私にかみつく気の強さ。頬を紅潮させ、まつ毛を震わせ自分の価値観を訴えてくる。
その様子から真剣にレオンハルトを案じているのがわかる。
 直感は確信に変わった。
 私は総帥という存在のあり方をわかりやすく教えてやりその口を黙らせ、一番の目的である四精霊の聖宝オンディーヌの聖衣の情報を伝えた。
驚きざわめく面々の中、私が寝室への案内を申し出ると、レオンハルトは騎士候補生に案内させると言い、一人を付き添わせた。
扉の前、私は振り返り、試すように言葉を投げかける。
レオンハルト、特に、貴女とまちがいをおかさないように気をつけろ」
肩が震え、瞳に衝撃が走り、彩を失う。そしてそれを悟られないように高潔な意思をみなぎらせた。
「四誓願は、命にかえても守ります!」
いい気概だ。口元だけで笑い、ロッジを退室した。
 
鈴影邸の客間にはすでに明りが灯され、整えられていた。
鞄を置き、ソファーに腰掛けると先ほどのやり取りを思い返した。
 
まずいな……
貴女とは騎士に霊感を与えると言われている少女のことだ。
貴女、佐藤夢美はおそらく今までレオンハルトが出会ったことのない類の少女だ。
イヌバラのような素朴さと、明るさと、強さをもっている。
その邂逅は、さぞ新鮮で、衝撃的で……陶酔するものだったのだろう。
それをまだ若い総帥は貴女の証だと思いこんだのだ。
その感情は、危うい。
 
間違えてはいる。が、まだ間違いはない。

監視させるか検討する必要があるな。鞄から書類をとり、ペンを走らせた。
 
 
翌日、私は本部からの情報を待ちつつ、一日を過ごした。日本の騎士たちにも呼び掛けている。
レオンハルトは騎士候補生に指示をだし、動いているようだ。
 
夕食時、レオンハルトはアーネスト・ボークマンとアポイントメントがとれ、明日同胞を歓迎するという形で面会することが決まったことを話した。
彼が水のオンディーヌの聖衣を所持しているか確かめ、譲渡してもらえるよう交渉するつもりだという。
まあ、妥当な判断だろう。お手並み拝見といこうじゃないか。
 
食事が終わり、席を立つと急くように声が上がった。
「教訓の騎士、バンドーム」
スッと立ちあがり、レオンハルトは真っ直ぐに私を見つめた。
「四誓願は私の誇りです。命に代えても守ります」
もう一度、はっきりとした声で宣言した。
その声には迷いはなく、瞳には自信がみなぎっている。頬は凛々しく引きしめられてより勇ましく精悍にみせていた。美しい髪が揺れ、彼を彩るかのように影をおとす。
誇り高き騎士の面構えだ。
その顔だ、若き総帥よ。
私はその決意を受け止め力強く頷いた。
 
 
本日の午後、アーネスト・ボークマンの船、アルテミス号に向かうという。
鈴影邸の客間の窓から庭をみると、貴女の肩には白い鷹が止まり緑色の猫を抱えていた。足元には銀の狼を従えている。
話には聞いていたが実在をみるとなかなか興味深いものだな。
その時、内線が鳴った。
レオンハルトだ。アルテミス号に乗船してから冷泉寺をそちらによこす。情報交換をしたい。
あと、昨夜あの船には月光のピアスに似たピアスをつけた人間が誘拐され、運び込まれていると情報が入った。
これはアーネスト・ボークマンが水のオンディーヌの聖衣を所持していることを示しているといってもいいだろう。この誘拐の件についても報告する。
あとのことは頼む」
 
アーネスト・ボークマンが月光のピアスを探している……?
どこまで七聖宝のことを知っているのだ。成金だと侮ったか。
厄介なことになりそうだ。
私は客間からロッジに移り、本部からの連絡を待った。
 
――電話機が鳴る。直感とは当たるものだ。
 
夕暮れ前、白い鷹が舞いおりてきた。冷泉寺といったか。
扉をあけてやると優雅に滑るように室内に降り立った。
冷泉寺はアルテミス号で起きている誘拐事件の疑惑と、今晩泊まりこむことを伝えた。
私は手早く本部からの情報を話し、レオンハルトのもとに帰した。
 
本部からのアーネスト・ボークマンの情報。
それは約一年前、映画の撮影の際事故で大火傷をおい、その直後水のオンディーヌの聖衣をオークションにて落札したというものだった。
彼は水のオンディーヌの聖衣を身につけている可能性が高い。
だから月光のピアスを探しているのだ。
水のオンディーヌの聖衣を補完させるために。
そうなると譲渡される可能性は限りなく低い。
しかも、これらがミカエリス家のものであったことも知っているのかもしれない。レオンハルトは警戒されているはずだ……

上手くいくはずがない!