Opalpearlmoon

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教訓の騎士の報告 後編

 
その晩、ロッジの扉が開いたとき私は事態を理解した。
そこには騎士候補生たちだけでレオンハルトはいなかったからだ。
話を聞くと、殺人の容疑をかけられ警察に事情聴取に向かったという。
監査という段階じゃない。彼は四誓願に抵触した。これはもう総帥自身の問題だ。私は本国に帰り会議を開かなくてはならない。
が、それを騎士候補生たちは足止めをした。私にもレオンハルトを危機に陥れた可能性があると白い鷹、冷泉寺は言った。
目を細め、彼らを見渡す。なかなか頭がまわるじゃないか。ただの小娘ではないようだ。
正騎士である私ならここにいる狼など何の障害にもならない。
しかし、これは面白い。
私は好奇心ゆえに彼らの提案を受け入れた。
殺気立つ応接室を出、ロッジの寝室に引き取り、息をつく。
未熟な騎士候補生がどのようにこの不利な状況を切り抜けるのか見ものだ。
レオンハルト、おまえの子飼いの連中はどうおまえを助けるのだろうな。
 
 
あくる日は一日ロッジにて過ごした。珈琲と食事を頼み応接室にて連絡を待った。
一晩応接室に泊まった騎士候補生たちは朝早くあわただしく出ていったばかりだ。
 
電話機が鳴る。……レオンハルトか。
事情聴取が終わり、まっさきに連絡してきたのだ。
その声は平時と変わらないものだった。私が昨晩の経緯と今朝の彼らの行動を話すと受話器の向こうの空気が変わった。
「わかりました。私はアルテミス号へ向かいます。教訓の騎士はロッジにて待機をお願いしたい」
押し殺した、冷静な声。
「何としても、オンディーヌの聖衣を取り戻します」
試練、使命、覚悟……決意。
「よい報告をまっている」
受話器を置き、デスクの椅子に深く腰をかける。
――どちらにしても私が教訓の騎士である以上、ここから動くことはできないのだ。
 
 
その夜、総帥レオンハルトはアーネスト・ボークマン氏から水のオンディーヌの聖衣を譲り受けて帰ってきた。
最新鋭の医療への治療費と、水のオンディーヌの聖衣を落札した倍の金額がその代償だった。
何にしろ騎士団の至宝が戻ったことは喜ばしいことであり、総帥の功績であることには変わりない。
だが、輝かしい成果と四誓願に抵触した事実は別のことだ。
 
色濃い闇の中に、満ちつつある月が薄い光を放っている。
あわただしく事後処理を行ううちに日付はとうに変わっていた。
一通り処理を終え私がロッジを出ると、母屋への道先に人影が見える
月影を衣のようにまとい、レオンハルトが立っていた。
もう一度冷泉寺研究所に向かったはずだが、戻ってきていたのか。
微動だにもせず、私が近づくのを待っていた。
表情の見える距離になったとき、彼は口を開いた。
 
「バンドーム、騎士団への報告は次の新月までまってくれないか」
 
私は虚をつかれた。
揺れるように炎が宿り輝く思いつめた瞳に、絞り出すような苦しげな声に。
 
佐藤夢美は今回の事件で身体に烙痕を刻み込まれた。
彼女はオンディーヌの聖衣の譲渡に大きく貢献した人物だ。彼女の献身がなければ取り戻すことはできなかった。
私が総帥位を下りれば、貴女である彼女は一般の生活に戻ることになる。そうなれば烙痕はどれほど彼女の人生を傷つけ、辱めることになるか……。
烙痕を消してやりたい。新月の儀式は総帥にしかできない。
このことをそのままにしておくのは、銀のバラ騎士団の誇りを穢すことであり、私の人生の一番の汚点となる。
お願いだ、次の新月まででいい。
それが終わったら私は総帥位をおり、この命で償う」
 
レオンハルトは今自分がどんな顔をしているかわかっているのだろうか。
 
月明りの下、青ざめ、こめかみが震え、頬は緊張し強張っている。必死といってもいいほど強い光が瞳に浮かび、決意の炎を揺らめかせ、衝動を堪えるかのように唇は硬く結ばれてる。全身に力が入り握られた拳の指は白く色を失っている。
当主でも総帥でもない。18歳の少年がそこにいた。
年若い少年が懇願しているのだ。
その時私は騎士とは遠かったころの彼を見たのかもしれない。
「いいだろう。新月の儀式が終わるまで本部への報告をまってやる」
緊張がわずかに緩み安堵の色をみせた。
「もし、それをやり遂げることができたらこのことは私の胸の内にしまっておこう」
あざやかな衝撃が瞳に走る。瞳孔が収縮し、形のいい眉が天へとひっぱられ、硬く引きしめられていた頬がゆるみ、ひきつる。
戸惑っているのがわかる。
私はいつになく優しい気持ちでいった。
「今回は水のオンディーヌの聖衣のこともあるからな。それに、新月の儀式は君にとって試練になるはずだ」
レオンハルトの瞳をまっすぐ見つめる。
「……ありがとうございます」
その響きには感謝と強い決意があった。
柔らかい月光が黒い瞳を覆い、彼の感情を隠していった。
 
新月の儀式。それをうら若き女性、いや、あの貴女に施すということ。
たとえ肉体を抑えることができても精神はどうだろうか。その中に少しでも邪なものが混じれば聖なる銀剣は曇る。
しかも烙痕は心臓の位置にあるという。
それを最後まで行うことができるのだろうか。
どちらにしても彼の魂が試されることになる。
連絡が多少遅れるだけだ。
 
それにあの瞳には断れば私と刺し違えるほどの熱がこもっていた。
 
私はほだされたのだろうか。そうかもしれない。心の奥で顛末を見てみたいと思ったのだ。
 
 
新月の儀式とは本来は対象者と総帥の二人きりで行うものだ。だが今回は私が同席し見届けなくてはならない。
ロッジに彼女を呼べばいいのではないかといったが、彼は固辞した
深夜、女性の部屋に男が忍び込むよりかはマシだと思うのだが、この件に関して彼女に余計な心労をかけたくなかったらしい。
それはレオンハルト自身に向けられたものであったのかもしれない。
 
一度満ちた月は生まれ変わるために欠けていき、その姿は闇に溶けた。
新月の夜がきたのだ。
驚くことに三人の騎士候補生も共にやってきた。騎士候補生たちにとっても総帥と貴女は重大な存在なのだろう。
この度の聖宝奪還は彼らの功績も大きい。審査は合格だ。
 
まず、レオンハルトが貴女の部屋に入る。そうしてから私たちは窓から覗ける位置に移動した。
正騎士と騎士候補生がそろって貴女の部屋を覗いているという情けない姿は決して報告できないな。ふと可笑しくなり心の中で笑った。
候補生たちは真剣な表情で新月の儀式をみている。
窓に隔てられたこちら側でも空気が変わったのがわかった。
精霊が降りたのだ。
 
レオンハルトは寝着を静かに脱がし、烙痕を抱き、精神を口移した――
 
聖なる銀の剣は曇ることなく、儀式は終わった。
私は感嘆するしかなかった。
彼の精神力は肉体を凌駕し、魂はそれに耐えた。
それがどれほどの強く崇高な意思を必要としているか!レオンハルトは自身の潔癖を証明し、やり遂げてみせたのだ。
 
レオンハルト、おまえの魂は誇り高く、高潔で、美しい。
誰よりも銀のバラ騎士団総帥にふさわしい男だ。
おまえがそうまでして救いたいと願った貴女は私が感じた以上に天啓を得る存在なのだろう。
 
おまえと、おまえの選んだ貴女は銀のバラ騎士団にどのような未来を授けるのだろうか。
私の感じた直感が間違いで終わることを心から願うよ。
 
私は目覚めた貴女のもとに歩み寄り、わずかに笑んでその姿を見た――。