Opalpearlmoon

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11月2日のDahlie 聖誕祭~総帥に捧げる小品集Ⅰ~

 
わーん、いったいここはどこなのよ!?
あたしは延々と続く廊下の真ん中で、茫然と立ちつくした。
 
 
それは11月のはじめのことだった。
本当は勉強会の日じゃないんだけど、あたしは入団試験の勉強をするためロッジにきたの。
今日は、天吾と人吾はお友だちのお家にお呼ばれでいないから、時間を気にしなくていいしね。
ヒロシ、光坂クン、冷泉寺さんは、勉強会の日以外もちょくちょくロッジに来ているそうだけど、あたしは家のことがあるからなかなか来れない。
だからみんなに比べて、あたしだけ勉強が遅れているのよねぇ、うっうっう。
一人だけ落第だなんて、洒落にならないわっ!
そうしたらみんなもロッジに来ていて、図らずも全員集合となったの。
勉強会の日じゃないから鈴影さんは来ていないけどね。
そこで自習を始めたんだけど、どうしてもわからないところが出てきてしまって、鈴影さんに聞こうか、という話になったのよ。
冷泉寺さんは自力でなんとかしようとラテン語の分厚い本につきっきり、ヒロシはこれ幸いといわんばかりにソファーに寝転んで休憩をしてる。
そこで、あたしが呼びに行くことにしたの。
光坂クンは自分がいくっていってくれたけど、いつも母家への用事は光坂クンがしてくれていたし、毎回任せてしまったら悪いしね。
何回かいったことがあるし、大丈夫よ。
そうしてあたしはロッジを出たの。
 
 
母家のお屋敷につくと、鈴影さんは執務室にいる、と玄関にいた執事さんが教えてくれた。
ご案内しましょうか、っていわれたけど、何回かきてるしわかるからいいわ、って断ったのが間違いだった。
何しろ美術館か高級ホテルかってくらい広いお屋敷で、いけどもいけども同じドア、同じ形の窓、同じ色の壁と廊下!!
階段の数も一つじゃないし、行ったり来たりしているうちに、あたしはすっかり迷ってしまったのだった。
メイドさんすら通りかからず、場所を尋ねることもできない。
とりあえず鈴影さんかメイドさんをみつけないと、ロッジまで帰れるかどうかも怪しい状態。
それにこんなお使いすらできないのかとみんなに冷たい目でみられてしまう。
うっ、まずい、あたしの沽券にかかわるわっ。
そう思って必死になって記憶をたどり、見つけた二階の廊下の突き当たりの部屋!
あ、たしかここだったはず。
そうそう、階段を上がって右に曲がって突き当たりの左側だったわ。
よかった~!あった!!
あたしはようやくお部屋を見つけられたことに安堵して、飛ぶようにその部屋のドアの前に立つと、トントンとノックをして鈴影さんの艶やかな声を待った。
シーン。
反応なし。
もう一度ノックをしたけど、やっぱり何もかえってこない。
聞こえてないのかな。
「鈴影さん、いますか~?」
あたしはそろぉ~とドアを開けて、中を窺ったの。
 
室内は高級そうな家具と調度品で整えられている、若草色とクリーム色をメインにした、クラシカルな雰囲気の上品な感じのするお部屋だった。
でも、そこは明らかに執務室ではなかったし、しんと静まりかえっていて人の気配もなかった。
いっけない、間違えた!
そう思ってドアを閉めようとしたんだけど、なにげなく見た窓辺から目が離せなくなってしまった。
静寂の中、窓辺の机の上に二輪、お花が活けてあったの。
あたしはそのお花に吸い寄せられるように部屋に入り、机の前によった。
ダリアだった。
ベルベットのような質感の落ち着いた深紅と、白い花弁の外側だけほんのりピンク色に染まった、二輪の大ぶりなダリアの花。
お花が珍しい訳じゃないのよ。
鈴影さんのお家にはいつも豪奢なアレンジメントフラワーで飾り立てられている。
玄関、廊下はもちろん、ロッジにもね。
そんな豪華なお花に囲まれたお家のなかで、切りたての花をガラスの花瓶に投げ入れただけの素朴さに惹きつけられたの。
寄りそうように活けられた二輪のダリア。
あたしはその美しい花弁にそっとふれようとして手を伸ばした。
その時だった。
 
「ユメミ」
不意に声をかけられて思わずドキッ。
振り返ると、開けっぱなしにした入口に肩をもたれるようにして鈴影さんが立っていた。
逆光の薄暗い廊下を背にして、美しい髪を影ににじませて、こちらをみつめている。
鈴影さんにようやく会えた安堵感と、勝手に知らない部屋にはいったことに対する後ろめたさと、それが見つかった恥ずかしさで顔が赤くなった。
うわあ~、どうしようっ!
あたしはしどろもどろになりながら急いで言葉を継いだ。
「あ、鈴影さん……、皆から呼びにいくよう頼まれたんだけど迷っちゃって……
間違えて部屋をのぞいたらお花が活けてあってなにかな~と思って……」
そういって勢いよく頭を下げた。
勝手に入っちゃってごめんなさい!!
怒んないでね!
そろ~っと顔をあげると、私の隣に鈴影さんが立っていた。
ドアから窓辺までけっこう距離あるんだけど、足が長いから移動も早いのね。
「いいよ、この家は古いからね。
わかりにくい作りだし、迷うのも無理ないよ。
いつまでたってもユメミが帰ってこないとお呼びがかかってね、探しに来たんだ」
そういって鈴影さんはクスッと笑った。
あっちゃ~、結局こうなるのね……
あたしは、鈴影さんを探しに来たのに逆に探されるという情けない事態に、ガックリ肩を落とした。
うっ、みんなに馬鹿にされるっ。
そんなあたしに、鈴影さんは愁いを含んだ瞳をふっとゆらめかせてきいた。
「この花が気になるの?」
あたしがうなずくと、彼はダリアの花に目を向けて言ったの。
 
「今日は死者の日なんだ」
死者の日?
聞きなれない言葉にあたしが戸惑うと、それを見透かすように優しく教えてくれた。
「死者の日はね、万霊節ともいって、この日には死者の魂が煉獄から地上に帰ってくるといわれているんだ。
日本でいうお盆のようなものだね。
ドイツではこの日は墓参りをして、蝋燭や花で飾って亡くなった人を迎えるんだよ」
そこまで聞いてあたしは思い出したの。
「そこにゼーレンブロートやゼーレンツォプをお供えするんですよね。昔、料理教室で教えてもらいました」
たしか、万霊節のパンとして習ったのよ。
ゼ―レンブロートとゼーレンツォプはね、小さなパンをおさげ編みのようにつなげたもののこと。
万霊節って覚えていたし、楽しいお祭りというわけでもないから忘れていたわ。
鈴影さんは少し驚いたようだった。
「よく知っているね。そう、パンや生前の好物なんかも供える」
本当にお盆みたいなのねえ。
うちもお盆にはママの好きだったフルーツを仏壇に供えるわ。
なーんて思ったところで、あたしの心の中にある考えがうかんだの。
じゃあこのお花は亡くなった人のためのもの?
もしかして、このお花は鈴影さんが……
ハッとして見上げると、彼も哀しみにも似た蒼い光を浮かべてあたしをみていた。
さらりと艶やかな髪が頬にかかって、落とす影の色がより深くみえた。
「ここは母の部屋でね、亡くなってからずっとこの日になると飾ってる」
やっぱり!
鈴影さんは、死者が帰るというこの日に、自分で花を切り活けたんだ。
亡くなったお母さんのために。
じゃあ、このもう一輪は……
きっと、お父さんの分。
鈴影さんはお父さんも亡くしているから……
だから二輪のダリアの花なんだ。
 
「本家の墓地に眠っているからね。ここからは遠すぎる」
彼は懐かしさと切なさが入り混じった瞳のまま、美しい微笑みをうかべた。
そこには鈴影さんの両親への強い愛情と思慕が溢れていた。
その想いを目の当たりにして、あたしは胸が熱くなるのを感じたの。
鈴影さんがこうやって自分自身のことを話してくれたのは初めてなような気がする。
いつもプライベートなことになると、心を閉ざして話してくれることはなかったから。
なのに今、こんなにも素直に子どもとしてお父さんとお母さんを慕う気持ちを、あたしにみせている。
ちょこっとだけ心を開いてくれたことに感動して、あたしは彼から目をそらせずに、くいいるようにみつめてしまった。
鈴影さんの黒い瞳もあたしをとらえて、少しの間あたしたちはみつめあった。
心をふれあわせるかのように。
それから彼はふっと遠い目をしてから、窓の外へと顔を向けた。
あたしにはそれがいつもの鈴影さんに戻る合図のように見えて、ちょっとさみしく思った。
でも、鈴影さんの優しいやわらかい一面にふれることができたような気がして、それが嬉しかったからいいの。
こんなことってなかったから、ね。
「ちょっと感傷的な話をしてしまったね、ごめん。
もう行かないと。
高天たちが待ちくたびれてしまうな」
そうだった!
あたしは鈴影さんを呼びに来たんだったわ。
すっかり忘れてたあ!!
 
顔色を変えるあたしの肩をそっと抱いて、鈴影さんは歩み出した。
肩越しに振り返る。
11月の柔らかな陽光を浴びてかがやく弔いの花。
美しい二輪のダリアの花は、風もないのに、あたしたちを見送るように、揺れた。
 
 
「そういえば鈴影さんって、さっきまでどこにいたんです?」
結局、執務室ってどこにあったのかしら。
ロッジへ戻る途中の道で聞いてみた。
「ああ、執務室」
鈴影さんは一度言葉を切ってから、ささやくように付け加えた。
「一階の左に曲がって突き当たりの右の部屋だよ」
 
全然違うじゃないのよ~~!
鈴影さんは、そんな私をみてくすくすと笑ったのだった。