Opalpearlmoon

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フルムーン・バースディ

915日はあたしの誕生日。
今日はパパも早く帰ってきてくれる。
いつもユメミに家のことをまかせっきりだから、誕生日はしっかりお祝いしたいって、パパはママが死んでからずっとそうしてくれてるの。
定時に帰ってくるなんて珍しいパパだから、あたしは毎年楽しみにしてる。
お夕飯はね、奮発してお寿司をとるから支度しなくていいの。
みんなのお誕生日はあたしががんばって作るんだけど、あたしの誕生日だもん。
楽したいわよね。
天吾と人吾がテーブルのかざりつけをしてくれてる間に、あたしは取り皿やコップを用意した。
そうしてる間にお寿司が届き、パパも会社から帰ってきた。
パパは銀座のケーキ屋さんでケーキを買ってきてくれた。
すごく美味しいと評判のお店。きゃあ、うれしい!
女の子はやっぱり甘いものに弱いのよっ!
ウキウキした気持ちで、テーブルに運んでセッティング。
ケーキを囲んで座ると、パパはまあるい苺のケーキにロウソクを17本差して、火をつけるとダイニングの電気を消した。
暗闇の中、ロウソクの暖かい灯りのなかに、みんなの顔が浮かんだ。
「お誕生日、おめでとう!ユメミちゃん!!」
天吾と人吾、そしてパパが声をそろえて言うと、あたしはケーキのロウソクを一気に吹き消した。
そうしてパーティのスタート!
天吾と人吾はオレンジジュース、あたしはジンジャーエール、パパはビールで乾杯!
パパはあたしに気をつかってくれて、天吾のお皿にお寿司を置いたり、人吾にジュースを注いだりしてくれた。
なんと、ケーキも切って取り分けてくれたのよ!
パパの切ったケーキは、微妙に大きさが違っていて、クリームも崩れてしまってるけど、その気持ちがうれしかった。
そして一番大きなケーキをあたしにくれた。
さっそく一口ぱくりっ!
美味しい!
主婦のサガで、どうしてもお砂糖の配分とかクリームの泡立て具合とか気になっちゃうんだけど、どれも完璧!
「ユメミちゃん、おいしい?ボクのも食べる?」
なんて天吾がいうから
「天吾ばかりいいカッコして!ユメミちゃん、ボクのをやるよ」
って人吾まで言いだして、あたしはじーんとしてしまった。
あんたたちったら……
これが親心ってやつかしら。
「いいのよ、あたしはあたしの分で十分。ありがとうね!」
あたし、幸せだわぁ……
 
ご飯を食べ終わると、天吾と人吾はこそこそと子ども部屋に向かい、クレヨンで描かれた一枚の絵をプレゼントしてくれた。
それはあたしたち家族の絵だった。
あたし、天吾、人吾、パパ、そしてお空に、ママ。
丁寧に色が塗ってある天吾とあたしとママは、天吾。
はみ出して勢いがある人吾とパパは、人吾。
二人で一生懸命描いたのが伝わってきて、なんだか泣きそうになってしまった。
パパは、若い子の好みはわからないからといい、照れながら綺麗にラッピングされた小箱を鞄からだして、手渡してくれた。
開けてみると、中には可愛らしい髪飾りが入っていた。
朴念仁のパパらしくなくてびっくりしていると、会社の若い子になにが流行ってるかきいて買ったんだって!
誕生日に喜ばせようと、忙しい合間をぬって選んでくれたパパ。
あたしはその気持ちに感激し、うれしくて胸がいっぱいになった。
 
パパ、あたしに負担をかけてるなんていわないで。あたしはこれでも楽しんで主婦してるのよ。
天吾、あんたは少し臆病なところもあるけど、しっかりもので優しい、いい子だわ。
人吾、あんたはやんちゃで手がかかるけど、まっすぐで優しい、いい子だわ。
みんな、大好き。
大切な家族よ。
お祝い、ありがとう。
 
お風呂にパパたちがはいってるうちにあたしは後片付けをした。
会社帰りで疲れているパパに流石にそこまでさせられないものね。
それにあたしが片づけた方が早いもの。
ぱぱっと片付けて明日の準備をしていると、パパたちがお風呂から出てきた。そしてすぐに寝てしまった。
久しぶりにゆっくりお風呂に入り、部屋でのんびりしているともう11時近くなっていた。
そうだ、お寿司の桶を外に出しておかないと。
あたしは急いでお台所へもどり寿司桶を抱えて玄関をでた。
やれやれ、これでよし、っと。
寿司桶を門の先に置き、戻ろうとした時だった。
 
「こんばんは、ユメミ」
高く透明な声がふってきて顔をあげると、門の上にエメラルド色の猫になった光坂クンが、クリーム色の輝きをまとって座っていた。
「光坂クン!」
あたしはびっくりして声をあげた。
だって、今日は満月で変身しちゃうから外にいるわけないんだもの。
猫の姿の光坂クンは
「ボクは真夜中のお散歩。猫の姿も結構気に入ってるんだ。だから気にしないでね」
そういって大きな目をいたずらっぽく輝かせ、しなやかな体を伸ばして綺麗な半円を描いて飛びおりたの。
急に目線が低くなって、あたしも慌ててしゃがみこんだ。
光坂クンは姿勢よく座り、あたしの顔を見上げ覗きこむように、その小さな顔を寄せた。
「でも今日ユメミにあえて良かった。
お誕生日、おめでとう。ユメミ!
ボクどうしても今日中に言いたかったんだ。プレゼントは明日になっちゃうけど、いいかな」
可愛い瞳にまるい月を浮かべて、少し恥ずかしそうに、でも真剣な顔をしていった。
わざわざそのためにきてくれたんだ……
光坂クンはなんてまっすぐなんだろう。
相手に真摯に向き合い、行動できる。
あたしは、その純粋さと思いやりに心を打たれて、あたたかい気持ちになっていった。
「ねえ光坂クン。せっかく来てくれたんだからうちでお茶でもしていかない?みんな寝ちゃったし」
「いいの?ありがとう!ユメミのお家にあがるの、初めてだよね」
嬉しそうにぱっと顔を輝かせて、ほころぶように笑った。
そして光坂クンが抱っこして、と前脚をあたしの膝にかけた時、急に影ができたの。
なにかしら……
前脚が光坂クンの頭をゴインとぶった。
「アキ!なんでここにいんだよ!?」
そこにいたのは、すっかり銀の狼になったヒロシだった。
「もう、痛いなあ……、高天さんこそ、どうしてユメミの家に?」
光坂クンは、器用に前脚を上げて頭をさすってる。
「そうよ、あんた満月だって知ってたじゃない」
昨日、庭先で話したはずよ。
ヒロシは、少し言葉を詰まらせてから、ぷいと横を向いていった。
「いいだろ、別に。言いたくない」
と、拒否。
ははーん、さてはすっかり忘れてて、うっかり外にでてしまったな。
それで家に帰れない、っと。
図星なのか、ヒロシは面白くなさそうに顔を傾けて、眼だけでこちらをみた。
うっ、睨んでるっ。
なによ、睨むことないじゃないっ。
不穏な空気になりつつあるあたしたちの間に入り、光坂クンがうかがうようにいった。
「じゃあ、みんなでレオンさんの家に行かない?この前みたいにさ」
その声は弾んでいて、楽しそうだった。
「レオンちって、なんでさ」
「きっと、レオンさんも起きているよ。高天さんはこの姿じゃ帰れないし、いいじゃない」
そういって人懐っこく笑った。
二か月前もこんな風に鈴影さんのお家にいったのよね。
いろいろあったみんなだけど、仲良くなれたような気がした一夜だった。
あたしはどうしよう。
パパたちも寝ちゃったし、朝までに帰ってこればいいかな。
「じゃあ待ってて。すぐに着替えてくるから!」
 
ヒロシと光坂クンは、柔らかな毛並みをキラキラと輝かせて、待っている。
あたしは、玄関のドアをゆっくりと閉め、真夜中の散歩にわくわくしながら部屋へと向かった。
こういうのも、たまにはいいわよ、ねっ。