Opalpearlmoon

Yahoo!ブログから移転しました。

誕生日に貴方と 4

 
光坂はまだ意識が戻らず、眠っていた。
その顔を心配そうに眺めてから、高天はソファーに脚を投げ出すように座った。
レオンハルトは私にソロモンの円陣の中に入るように指示をし、テーブルの前に軽く腰をかけるように立った。
そして、私がベッド脇の椅子に腰をかけるのを確認してから、おもむろに口を開いた。
「昨日までは魔の本体がわからなかった。だからオレをおとりに使い、待ち伏せをしようとしていた。
だが、正体はわかった」
息を飲む私たちの前で、レオンはその美しい瞳をあざやかに揺らめかせた。
「黄金のダガ―に寄って呼びだされた魔は、魔宿樹だ」
魔宿樹!?
「そいつはまた、仰々しいな」
私は皮肉げに笑った。
「アルベルト・フォン・ボルシュタットの著作『悪魔の鍵』によると、魔宿樹とは、魔を養分として成長する樹のことだ。葉脈に魔を宿し、冬でも葉の落ちることがないと言われている。
高天、おまえはこの城の木の根からずっとにおいがするといっていたな」
「ああ、くせえのなんのって!」
高天は顔をしかめて大仰にいった。
「それも魔宿樹の特徴の一つだ。魔はその邪悪さにより生物を寄せ付けない。
おまえは嗅覚が鋭いからな、においとして感じていたのだろう。
そして、魔宿樹の花は外側は雪のように白く、内側は血のように赤い花弁と、少女の黒髪を思わせる雄蕊と雌蕊をもつといわれている」
私は思わず目を瞠った。
昨日のあの花のことか!
頭の中で、今まで起きたことの一つ一つが組み合わさり、ビジョンが出来上がっていく。
そんな私を流し見てからレオンは言葉を続けた。
「昨日ユメミの話を聞いた時にもしやと思ったが、闇が濃くてね、確認ができなかった。
今朝確かめたところ、あの樹の花はこの特徴と一致していたよ。
つまり、あの常緑樹が魔宿樹であり、黄金のダガ―にて呼びだされた魔の正体だ」
黒い瞳に自信と確信をみなぎらせて、はっきりと言い切った。
「そうか、だから樹液のしみ込んだ堀の水と花で憑依が起きた訳か」
レオンは頷き、付け加えた。
「オレを襲ったナイフも、おそらく、窓を打ち破った枝も、魔宿樹のものだろう」
あの樹はこの城全体に根を張り、枝、そして葉を落とし支配していた。
つまり、私たちは魔そのものの中にいたわけだ。
はん、禍々しさもここに極まり、だな。
 
「じゃあ、アキは……」
その時、高天が震える声で呟いた。
見ると、片手で青ざめた顔を覆っている。
知らなかったこととはいえ、光坂を魔に染まった堀に泳がせたことを悔いているのだ。
その結果、憑依を起こし、大怪我をさせたことを。
「魔宿樹のことは今朝わかったんだ。おまえのせいじゃないよ。
あのテュポーエウスに関しては、別に考えていた。魔ではないにしても、影響をうけていた可能性があった。
オレがもっと早くに気づいていればよかったんだ」
レオンは慰めるように少し笑って語りかけた。
高天はそれをまぶしそうに見て瞳を揺らめかせると、かすかに頬を歪ませた。
そして、やつらしい精悍さがその顔に徐々に帰ってきたのだった。
私は思い返した。魔に近い、とはそういう意味か。テオドラが信仰していたのだ、憑依とまでいかなくても、影響はうけていたのかもしれないな。
レオンは窓辺に移動すると、窓の外に見える青々とした魔宿樹を射抜くように見据えた。
「正体さえ分かれば、手をこまねいて待っている必要はない。こちらから仕掛けようと思う。
魔宿樹を倒すにはその養分となっている魔を断ち切ればいい。主根にテオドラ自身、もしくはその一部があるはずだ。
これからオレと高天でいって、決着をつけてこようと思う」
レオンハルトは、美しい髪を揺らし瞳に激しい決意と誇りをギラリと輝かせて敢然と言い放った。
その姿は気高く勇敢な騎士のように美しかった。
ロウよりも白い顔色と、うっすらとにじむ包帯の赤さえなければ、だ。
「おい、私は留守番か」
私は思わず立ち上がった。
昨日と同じか、冗談じゃない。
「相手は人間じゃない。魔だ。聖宝を持たない人間は役に立たない」
なら私が身につければいい。
「高天、ブレスを渡せ。おまえより私のほうが適任だ」
そういって乱暴に手を伸ばした。
「それはできねー相談だな」
ソロモンの円陣の外、ソファーに座る高天は、左手で星影のブレスをおさえ、挑むようにみた。
掴みかかろうとする私の前に、レオンはしなやかな腕を突き出し、押し留めるように制した。
斜めに仰ぎみると、厳しい表情で諭すようにいった。
「冷泉寺、おまえは昨日の憑依で体力を失っているし、誰かが光坂についてやらなきゃいけないだろう。わかっているはずだ」
そして少し頬を緩ませて、涼しげな瞳に甘さを感じさせるほど優しい思いやりを浮かべ、私を見つめた。
「それに、おまえは女だ」
私の息はとまり、心臓が痛いほど跳ねた。
それを隠すように顔をそむけると、そのまま落ちるように椅子に座り込んだ
できるだけ冷静に聞こえるように、絞り出すようにいった。
「じゃあ、ガルシアが帰るまで待てばいい。あいつと、あいつの黄金のダガ―は十分戦力になるだろ。その方が、確実だ」
「ガルシアが戻ってくるのなんていつになるかわからないだろ!?その間にまた攻撃されるかもしれないじゃないか!先手必勝だぜ!」
高天は星影のブレスを燦然と輝かせて立ちあがる。その声、態度には自信が湧き立っていた。
「昨日までと違い、正体も対処法もわかっている。大丈夫だ」
感情的になっているのはわかってる。
おまえはいつもの身体と違う。すぐにでも手術をしなくてはならない身体だ。
今だってそんなにも蒼い顔をしているじゃないか!
そんなおまえを心配してなにが悪い!
「それに、ユメミが帰ってきたときに、状況を説明してもらわないと困る」
 
その時だった。
光坂の瞼がうっすらと開き、青ざめた唇からうめき声がもれたのだ。
「気がついたようだな。冷泉寺、様子を見てやってくれ」
有無を言わせない口調で断言した。
それで決まりだった。
「わかった」
私は立ちあがり、光坂の枕元に歩み寄る。
「大丈夫だって!ユメミ達が帰ってくるまでにオレとレオンで片づけちまうよ」
高天は、少年らしい勇気をたたえて挑戦的にニヤッと笑った。
 
「絶対にやってやるさ」
レオンハルトは、静かに決意と闘志をみなぎらせ、冷やかかにみえるほど研ぎ澄ました瞳で宙を見据えると、繊細そうな指先で誓うように銀剣に触れ、そして握りしめた。
 
 
そして室内に私と光坂が取り残された。
傷口を消毒しガーゼをとりかえてやった。処置が終わると、枕を腰にかませ、背中を触れさせないようにしながら起き上らせた。
「レオンさんたちは……?」
意識がはっきりしてきたのだろう、光坂の問いかけに昨日からの経緯を簡単に話した。
「とりあえず、ここにいれば安全なはずだ。ユメミたちも無事だろうし、もうすぐカタがつくだろうさ」
不安げな顔でいる光坂を安心させるためにわざと明るくいった。
落ち着かせるために水でも持ってきてやろうと歩み出したとき、光坂が私の腕を掴んだ。
「冷泉寺さん、なんだか嫌な予感がするんだ」
その声は怯え、大きな瞳に切羽詰まった光が浮かんでいた。
私は非科学的なことは認めていない。
だが、こいつの予感は、当たる。
ヒヤッとした、その時だった。
 
翠色の閃光と共に、鈍い音と衝撃が走った。
よろめきつつも窓に飛びつくと、城の片側が焼け焦げて崩れ、煙に包まれていた。
レオンたちは、見えなかった。
「光坂!おまえはそこにいろ!」
そう叫ぶより早く、私は飛び出していた。
 
くっそ、私の誕生日をレオンの命日にしてたまるか!