Opalpearlmoon

Yahoo!ブログから移転しました。

君がいる景色 聖誕祭~総帥に捧げる小品集Ⅱ~

カエデの赤
サクラの朱
そしてプラタナスの橙
 
落葉樹たちは日に日に色めいていく。
カシャリ、と心地よい音を立てて落葉の飾る道を往く。
いつもなら車止めまでつけるのだが、今日は門前で降りて、庭を歩いた。
気分転換のつもりだった。
 
先週、「太陽のリング」についての情報が入った、と本部から連絡があった。
ロシアの富豪がオークションで落札した、というものだった。
だとしたら、それが本当に「太陽のリング」なのか確かめ、手に入れなくてはならない。
準備を整え、明日現地に向かうという時に、それが誤報だとわかったのだ。
――この苛立ちと落胆は、すでに日常のものとなりつつあった。
散逸した七聖宝は、いまだにすべてをそろえることができていない。
その事実が重くのしかかっている。
いつになったらもう一度銀のバラ騎士団の頂きに七つの至宝を掲げることができるのであろう。
もちろん、自分の全てと引き換えにしてでもやり遂げるつもりでいる。
本当に、オレにできるのだろうか。
そう思う気持ちは、あの日から、陰鬱な影となってオレの隣にある。
 
 
だが……
こういうとき、闇の中にあたたかく燈る灯りのように、あの人の面影がうかぶのだ。
 
『いたずらに自分を責めていないで、素早く次の手を打つことが必要なの。
 新しい道を見つけて一歩踏み出すことが、立ちなおることに通じるのよ、さあがんばろうねっ!』
君は、オレより年下の普通の少女のはずだ。
君は知り合って間もないオレを、当然のように励ましたね。
どうしてそんなに分け隔てなく
強くいられる?
 
『あたしが、あんたを幸せにしてあげるわ。さあ、あたしの中に戻ってらっしゃい』
君は、なんの力も持たない少女のはずだ。
君を害する者のために
どうしてそのように言える?
 
『一人の人間として幸せになるために、生まれてきたのよ。そのために生きているのよ!絶対にそうよ!!』
『だから、間違わないで!』
君は、日常の中に愛を見つける、唯の少女のはずだ。
オレは、君の慕う人ではない。
なのにどうしてそこまで真剣に想ってくれる?
 
ひょっとしたら、君はオレが想像するよりもずっと特別な人間なのかもしれないな。
君のような人に出会ったことがない。
心の中で、その名を優しくそっと抱く。
 
十字路に差し掛かり、ふと右方向にのびる道の向こうに目をむけた。
突き当たりには小さな噴水があり、それを取り囲むように木々が広がっている。
錦に染まった中、そのささやかにひらけた空間に
――君がいた。
 
噴水のほとりに佇み、桜の樹を見上げている。
紺色の制服が、冬の午後の陽をあびてまぶしいほど輝いていた。
息が止まり、心臓が痛いほどに跳ねた。
それから、心惹かれるままに彼女をみつめた。
今日は勉強会の日ではなく、本来ならいるはずのない人だ。
しかも、こちらはロッジとは正反対の方角である。
不意打ちの出会いに、先ほどまでの陰鬱な影は霧散し、湧き立つような昂揚だけが胸に広がる。
名を呼ぶ。
驚き振り向き、その瞳がオレをみつけると、輝くような笑顔になってオレの名を呼んだ。
響く声は、明るく、透る。
こちらへ駆け寄ろうとする彼女を止めるように手でジェスチャーをした。
なにかしら用があってあの場所にきたのだろう。
それを邪魔しては悪いと思ったし、
それを知りたいと思ったからだ。
彼女は不思議そうな顔をして、足元に置いてあった鞄を両手でもち、オレを待つ。
本当は走り出したいくらいだった。
そういう自分を苦笑いで取り繕い、悠然と彼女へと足を向けた。
 
小さな噴水の天には蒼。
 
公孫樹の黄金
楓樹の緋朱
桜樹の薄茜
そして、鈴懸の樹の暁の色
 
君がいる景色は色彩にあふれている。