Opalpearlmoon

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CALL  聖誕祭~総帥に捧げる小品集Ⅲ ~

 
その情報が入ってきたのは、帰国して間もなくのことだった。
 
「風のシルフの聖十字」がハワイで行われるオークションにでる。
 
共にオークションカタログが添えられていたが、その文面だけではそれが我が銀のバラ騎士団の至宝であり七聖宝のひとつ、「風のシルフの聖十字」であるかどうかは確認ができなかった。
オークションに参加し、それが本物の「風のシルフの聖十字」であるか見極めること。
そして、本物であればオークションでセリ落とし、手に入れること。
それが銀のバラ騎士団総帥であるオレに課せられた使命だった。
 
「風のシルフの聖十字がオークションに出品されるかもしれない」
連絡を受けた翌日、入団試験のための勉強会に集まった面々に告げると、一様に驚きの声を上げた。
勉強会もひと段落して寛ぐところに、ユメミが一人一人にお茶を配り終わったところだった。
「おお~すげーじゃん!いつ?どこで!?オレもいきたい!!」
高天はソファーからたちあがり、オレのいるデスクへ身体を向け、瞳を輝かせて訊いてきた。
「ハワイのシークレットオークションで、現地時間で二十日だ」
「げぇ~、ハワイ!日本じゃないのかよお~」
途端、先ほどの勢いも虚しく座り込んだ。
その様子に苦笑しながら、オレは言葉を続けた。
「こちらでの兼ね合いもあり、ぎりぎりになってしまうが二十日の昼すぎに日本を発ちハワイへと向かう予定だ」
オレ一人で行くつもりだったが、一応、彼らにも同行の意思たずねた。
「あたしは家のことがあるからいけないわ……終業式だし」
「オレも行けねーわ。この前のこともあるしオフクロに殺される」
「ボクも無理かな。スイミングクラブの合宿があるから」
三人が残念そうに顔を見合わせるなか、冷泉寺だけが
「あたしはいってもいいぜ。ハワイには友だちも多いし、一日ぐらい冬休みが早くてもいいだろ」
と、同行すると答えた。
「おまえんちはいいよなああ、金持ちで、自由でさあ」
「フン、そうたいしたもんじゃない、ひがむな」
大きく肩を落とし目線だけ上げる高天を軽くあしらい、冷泉寺はこちらに視線を向けた。
「レオン、この前みたいに一人では絶対に行かせないからな」
瞳に強い意志がみなぎり、射抜くようにみつめる。
この前――
二週間ほど前、オレが「サラマンドラの聖冠」を求めてスイスへと旅立ったこと。
冷泉寺はそのことをいっているのだ。
みると、他の三人も冷泉寺が同行することに安堵しているようだった。
まあ、仕方ないな。
危機的状況に陥り、彼らにはずいぶん助けられた。
あの事件のあとでは、何を言うこともできはしない。
「わかったよ。よろしく頼む」
「じゃあ、きまりだな」
冷泉寺は瞳をやわらげ、満足そうに口端を上げた。
 
 
二十日までの間、銀のバラ騎士団およびミカエリス家の当主として慌ただしく過ごした。
キリスト教徒にとって一番大切な時期だ、アドヴェントはとくに忙しい。
24日からは本国に戻り、銀のバラ騎士団総帥として主イエスをお迎えしなくてはならない。
本来ならその準備のため帰国していないといけないのだが、「七聖宝の奪還」より重要な任務はない。
ギリギリになってしまうが、ハワイでのオークションの後、そのまま本国へとむかうつもりだった。
 
そして、当日をむかえた。
 
昼前に屋敷を出、冷泉寺家へ車を向かわせた。
冷泉寺は冬の高い空のもと、ボストンバックとトランクケースと共にオレを待っていた。
運転手に荷物を載せさせている間に、車に乗り込み、真向かいに座る。
冷泉寺はこの間の話の通り、向こうのホテルに何泊かして友人と会うらしい。
しかし、オレがハワイを発つまではすべてに同行するときっぱりとオレに告げた。
その表情は真剣で、心に硬く決めているようだった。
よっぽど信用がないらしいな。
その頑なな態度に内心苦笑しながら、からかうように訊いた。
「オレといてもつまらないかもしれないぞ」
「そんなことないさ、いち早く『風のシルフの聖十字』を拝めるかもしれんし、おまえといると退屈しない」
ゆっくりと腕を組み、そこで一度区切ると、
「なにがおこるかわからんからな」
皮肉げに、しかし楽しそうにも聞こえる声で付け加えた。
この論理主義者の幼なじみは、超自然を嫌悪している割に、それを面白がる傾向がある。
オレとは全く異なる価値観のくせに、気が合うのはそのせいだろう。
「ならいいんだがな」
いいながらオレは運転手に車をだすように合図をする。
車窓に映るすっかり葉をおとした12月の木々が、なめらかに動き出した。
「ところでレオン、『風のシルフの聖十字』とはどういうシロモノなんだ?
移動時間はたっぷりある。
由来経歴、その『聖なる力』とやらをあたしが納得するまできかせてもらおうか」
悠然と組んだ足にひじをつき、掌に顎をのせ、挑むように瞳を輝かせた。
――どうやら退屈はさせずにすみそうだ。
 
 
ロビーで搭乗便をまつ。
本格的な休みにはまだ早いが、それでも国際便は混雑をしていた。
今日は北高等学校の二学期終業式の日だ。
それが終わってからユメミと高天がオレ達を見送りにくることになっているのだ。
少しして、制服の二人が姿をみせた。
先に高天が気づき、こちらへ手を振りながら駆け寄ってきた。
「お~、レオン、冷泉寺、待たせたなあ~!!」
「ちょっと、やめてよヒロシ!!大声出して恥ずかしいじゃないのよっっ!」
そう窘める声も飛んでくる。
 
ユメミ。
 
彼女の声はよくとおるのだ。
周囲がにわかにざわめき、ユメミたちとオレたちを窺うようにみている。
「あいつら二人してでかい声だして……あたしたちまでみられてるじゃないか。
恥ずかしいのはこっちのほうだ!」
冷泉寺は片手で顔をおおい、がくりと肩を落とした。
そうして注目を集めながらオレたちのいるベンチまできたのだった。
「すいません、遅れちゃって!」
「こいつが手間取っちゃって、ほんと女ってさあ……」
「うるさい、ヒロシ!余計なこと言わないでよっ」
賑やかに言いあう二人に
「搭乗時間はまだ先だから大丈夫だ。騒ぐな」
冷泉寺が一喝すると、顔を見合わせて黙り込んだ。
見慣れた風景に思わず笑みがもれる。
クスクスと笑いながら、決まりが悪そうにしているところに話しかけた。
「高天、ユメミ、見送りをありがとう。来てくれてうれしいよ。」
二人はパッと顔を輝かせると、
「あたしたちはついていけないし、お見送りくらいしたかったんです」
「そうそう、きっとアキも用事がなければ来たかったと思うぜ」
照れ笑いをしながら答えた。
それからユメミはオレの手をとると、まっすぐにオレの眼を見て、告げた。
「だって、あたしたちは銀バラの仲間なんだから」
仲間、か……
ユメミの言葉には少しの濁りもない。
出逢ってから、ずっとユメミがつたえようとしている言葉。
オレにはまぶしくすら感じる響きは、優しく胸に落ちる。
それを心地よく感じながら、掴む手をそのまま握りなおして、今度はオレがもっとも気にしていることを伝えた。
オレが日本を離れている間の、ユメミの安全ことだ。
月光のピアスをつけているものを狙うものは多い。
生者、死者、魔、……ありとあらゆるものから常に警戒をしていなくてはならないのだ。
心配だった。
十分に注意するように告げる。
口にした途端、言霊に反応するように、急に胸が騒いだ。
ざらりとした不安感。
そして、それとは別の、刺さるような感覚があった。
ユメミはいつものように笑いながら、大丈夫です、と答えた。
しかし、その感覚は消えなかった。
 
 
夜遅くにハワイへとつくと、出迎えの銀のバラ騎士とともに滞在するホテルへと向かった。
銀のバラ騎士が所有するホテルの、最上階とその一階下の部屋が用意されていた。
冷泉寺を部屋まで送り、上階の部屋へと入る。
灯りはつけられ、室内はすでに整えられていた。
応接室のデスクの上には、今日のオークションの資料が置かれている。
日本を発つ前に用意をするよう指示しておいたものだ。
椅子に深く腰をかけ、まずはそれに目を通そうと手に取った、その時。
空港でユメミと別れたときの感覚がよみがえってきた。
 
 
今までも日本を離れたことはある。
本国と日本を行き来することは少なくなかった。
ミカエリスの至宝が流出し、散逸をしている」
もう噂になっているはず、いや、広く世界に知られてしまっているはずなのだ。
そして、それは「魔」に対してもだ。
長らく封印をされてきた「月光のピアス」は、他の聖宝に比べると明らかにされていない部分が多い。
なにしろ銀のバラ騎士団が結成され、初代総帥フェルディナンド・ローゼンハイムミカエリスが聖櫃に納めてから、誰もその姿を見たことがなかったのだから。
現に、スイスで「悪魔の鍵」には記載されていない、未知の力を「月光のピアス」は発現させたのだ。
この世ならざるものたちに対しても、どのような働きかけをするのかわからない。
危険は全て、所持者であるユメミに指し示されている。
だから、今までも同じように、強くユメミと周囲の人間に言ってきた。
いつもと変わらないはずなのに、何故あのときざらついた不安を感じたのだろう。
 
時計をみる。
午前5時。
あと1時間もすれば日が昇る時間だ。
日本は深夜0時というところか……
 
高天なら、この時間に電話をかけても問題はないだろう。
こちらの連絡先は教えてある。
何か非常事態があったら連絡があるはずだが、念のためだ。
 
しかし。
本日、オークションが終わり次第、本国へと発つ。
そうすれば、十日は確実に日本に戻れることはできない。
 
刺さったそれは、不安定に胸の奥を行き来する。
戸惑いにも似ている………くすぐるように、揺れる。
瞠目する。
―― 本当は知っているのだ。自分らしからぬ、ささやかな気持ちを。
 
どうしようか。
 
デスクの上の、角ばった電話の受話器を持ちあげる。
指先は自然と動いていた。
 
五回目のコール音。
 
『もしもし!』
息だけの、かみつくような、とがった声。
真夜中の電話だ、当然の反応だろう。
『オレだ』
『今、こっちに着いた。こんな時間に悪いと思ったんだけど、どうも気になって……』
名乗ると、受話器の向こうの空気が一気に柔らかくなり、嬉しそうに弾んだ気がした。
 
胸を刺す、震える寂しさは、あたたかい彼女の気配に溶けていった――