Opalpearlmoon

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いっしょに、あなたと。 聖誕祭~総帥に捧げる小品集Ⅳ~

 
今年最後の祝日。
うちの一階の間取りが全部入りそうなくらい広いリビングで、あたしはせっせと金色のモールに緑と赤のリボンをつけていた。
 
ことの初めはアドヴェンツカレンダーだった。
 
11月の終わり、あたしはロッジで天吾と人吾のためにアドヴェンツカレンダーを作っていた。
ほんとは私用で使っちゃいけないんだけど、家でつくると二人に見つかっちゃうからここで作業をしていたの。
アドヴェンツカレンダーっていうのはね、121日から24日までの、アドヴェントの期間のカレンダーのこと。
日付には扉がつけてあって、それを開けると中にはクリスマスにちなんだイラストやプレゼント、ベツレヘムの星、ケーキなんかが描いてあるのよ。
そして最後の扉には、みどり子のイエス様。
全部の扉をあけるとクリスマスがくるっていう仕掛け。
面白いでしょ?
中には、その日付ごとにお菓子やおもちゃが入っているものもあって、あたしはそれを作っていたの。
お菓子の空き箱に綺麗に画用紙を貼って、中をボール紙で24個に仕切ってところどころに飴やクッキーをいれる。
可愛らしくイラストを書いたり、飾りつけたりと手間なんだけどね、天吾も人吾も喜ぶし、なにより楽しい。
クリスマスも楽しいけど、クリスマスの準備も結構面白いものなのよ。
クッキ―を焼いたり、クリスマスツリーを飾りつけたり、そうやって気分を盛り上げていくと、クリスマスがもっと嬉しく思える。
面倒なことも多いけど、それも楽しみの一つだと思って、あたしはやっている。
年に一度のことなんだもの、どうせなら思いきり楽しまないとね!
あれこれ作業をしていて、あとは蓋になる画用紙を貼って終わりってとこに、鈴影さんがあらわれたの。
“アドヴェンツカレンダーかい?”
鈴影さんは真正面の席に座り、優雅な手つきであたしの手からとった。
“子どもころは楽しみにしてたな”
目を細め、興味深そうに眺める彼に、あたしは少し驚いた。
この半年で、いろんな表情を見せてくれるようになったけど、こんなに素直で懐かしい表情をしたことはなかった。
屈託のない、少年を思い起こさせる瞳。
そんな鈴影さんはとても素敵にみえた。
“じゃあ、アドヴェント、しません?”
できるだけ明るく気取らずに聞こえるように、でも心をこめて云った。
“カレンダーも作って、クリスマスの準備もしましょうよ、きっと楽しいわ”
あたしを見つめる黒い瞳に波紋が広がった。
“クリスマスの準備……”
“まずはそうね……お家をクリスマスらしく飾り付けをしましょう!あたしが手伝うから、いいですよね”
あたしの知っている鈴影さんは楽しむということを知らなかった。
彼が心のままにいられたころを懐かしみ、あんなに素直な表情をするのなら、あたしはその後押しをしたかった。
もっと、鈴影さんのそんな顔をみたかったの。
“……そういうのもいいかもね。この家では長い間そういうことはしていなかったし。
君がやってくれるのなら安心だ”
鈴影さんは、ちょっと間をおいてから、あたしの提案を快諾したのだった。
 
 
こうしてあたしは鈴影さん家の飾り付けをすることになったのよ。
でも、年末はいろいろ忙しいのよねぇ……
うちのこともやらないといけないし、なにしろ師走、時間はいくらあっても足りないくらい。
だから押し迫った今日、飾り付けることになったの。
とはいっても、鈴影さんのお家は広い。
全部飾り付けていたら年を越しちゃうわ。
だから普段使っているという、ダイニングとリビングだけということでとりかかった。
そのための飾りを作っていたっていうわけ。
ダイニングはだいたい終わって、あとはこれにリボンや松ぼっくりのオーナメントをつけて、窓際に飾り付けるだけにまでなった。
ふと、差し込む陽の光が鈍くなっているのを感じて、あたしは窓のほうをみた。
太陽はかなり傾いていて、夕暮れが始まろうとしていた。
窓から見える、庭の大きなもみの木には、電飾とオーナメントで飾りつけられている。
暮れかかった空の下で、その輝きは一段と増してきらめいていた。
外のクリスマスツリーは、執事さんたちがやってくれた。
あの木は来客用に毎年飾り付けするんだって。
あたしがツリーに見惚れていると、
「このリースはここでいいの?」
鈴影さんは扉の前で振り向き、小さめのリースを持ってあたしにきいた。
シャツにジーンズというラフな格好で、一緒に手伝ってくれてる。
「うん、そのドアにお願い」
「わかった」
自分ちなんだから、好きにつければいいのに。
そう思うんだけど、真顔でオレにはよくわからないから、君のセンスに任せたいっていってきかないの。
うっ、鈴影さんって、あんがい融通の利かないところがあるのねえ。
思い出してくすくす笑ってしまった。
「ユメミ?」
あたしの笑い声を聞きつけて、鈴影さんがドアの陰から顔をみせた。
「なんでもない」
自然と笑みが浮かんでしまう。
それは幸せという名の微笑い。
鈴影さんはそんなあたしをみて、同じように微笑った。
 
あたしの手元のモールも完成し、二人でダイニングにつけにいった。
背の高い彼が窓際に手際よくつけていき、あたしは引きずらないよう横で持っている係だったんだけどね。
いちお、これでダイニングは完成。
「家庭的な飾り付け」でいまいち似合ってはいないんだけど、いいの。
このダイニングは彼一人では広すぎる。
この広い空間で、一人で過ごすことが平気だというのなら、ちょっとさみしいと感じてしまうの。
あたしが庶民だからかしらね。
逆に鈴影さんはだだっぴろいほうが落ち着くのかもしれない。
そう思い出すと不安になってきて、うかがうように隣に立つ彼をみた。
一緒に作業してたわけだし、何かあったら途中でいうはずよね。
でもねえ……気になるっ。
鈴影さんは仕上がりを見回してからまぶしそうにあたしをみた。
「ユメミらしいね」
あこがれのこもった響き。
それから肩に手を置き、優しく引きよせた。
「きっと、一人でも君といるように思うよ」
 
次はリビングの仕上げ。
部屋の真ん中に置いてある箱には、クリスマス用の飾りがたくさんはいっている。
今日の話をしていたらね、執事さんが倉庫にクリスマスの飾りがあるって教えてくれて出してきてくれたの。
鈴影さんは驚いていた。
「小さい頃は、鈴影の家で年末を過ごしたからね。こういうこともやった憶えがあるんだけど……
成長するに従って本家で過ごすようになったから、もう処分したものだとばかり思ってた」
鈴影さんのお母さんが揃えたというものだった。
中には陶器でてきた天使や、色とりどりの星やリボン、プレゼントにサンタさん。リンゴにベツレヘムの星。
ちょこんとしたクリッペにクルミ割り人形、雪だるまのスモーカー。
テーブルに飾る木製のミニツリーに色とりどりの蝋燭。
蝋燭は本当に多彩で、リンゴのかたちをしたものや、ツリーのかたち、綺麗な絵が描いてあるものもあった。
きゃっ、かわいい!
その愛らしさにうきうきしてしまった。
どれも作りが良いもので、ご両親の愛情が見えるような気がした。
「懐かしいな。このスモーカー、父がくれたものなんだ」
鈴影さんは雪だるまを手にとって、まるい頭を撫でた。
優しい手つきが、鈴影さんのお父さんへの想いをあたしに教えてくれた。
オーナメントは室内のクリスマスツリーに、クリッペはキャビネットに。
一つ並べるたびに部屋が明るくにぎやかになっていく。
最後に、ソファの低いテーブルの上にあたしが作ってきたへクセンハウスを置いた。
よし、これで全部完成!!
あたしは満足してソファに座った。
今日一日一緒にいたけど、鈴影さんは楽しんでくれたみたいだった。
可愛い小物で彩られるたびに、少年に戻っていくようで、そんな彼を見ることができてあたしもとっても嬉しかった。
まだ帰るまでには時間があるし、お茶でも入れようかしら。
なーんて考えてた時、
「だいぶ暗くなってきたね」
そういわれると、日が暮れてきたせいでだいぶ薄暗くなっていた。
外は残照が西の空を染めて、夕闇が空を蔽い始めていた。
慌てて電気をつけようとするあたしをひきとめて、
「これをつけよう」
とテーブルから銀の燭台をとりあげたの。
電気はつくのに蝋燭……なんで?
暗くない?
「そんなことないよ。けっこう明るいし、気分が落ち着くし、好きなんだ」
鈴影さんは涼しげな瞳をきらめかせると、四本の蝋燭に灯りをともした。
それから、飾った蝋燭にも灯をともして回ったの。
部屋の角やテーブル、窓際の蝋燭の灯がほのかな光輪は、ちょうど間接照明みたいになってやわらかく部屋を照らし出した。
その灯りの中に飾り付けたばかりのクリスマスの小物たちが浮かび上がり、とっても神秘的でロマンティック!
こういう雰囲気って、素敵。
本物の火は白熱灯のものよりもあたたかく、あたしが想像してたより明るく、優しかった。
鈴影さんはソファの低いテーブルに燭台を置くと、羽を並べる鳥のように隣に座った。
「本国では蝋燭ってよく使うんだよ。日本より馴染み深いんじゃないかな
そうはいっても、オレは忙しかったから、こんな風にくつろぐことは稀だったけど」
だから箱の中に綺麗な蝋燭がいっぱいあったのかなぁ。
小さな灯火は人を近付けるのね。
今だって、目の前の燭台があたしたちの座ってるソファだけを闇からきりとり浮かび上がらせて、まるで世界に二人しかいないような気持ちになってるもの。
クリスマスは特別な日だし、灯火の届く近さで寄り添いながら過ごすというのは、とても素敵なことだと思った。
 
ふいに、鈴影さんが云った。
「日本でクリスマスの準備をするって、こういう感じなんだ。
楽しいものだね、クリスマスを待つというのは」
どういうこと?
「降誕祭は銀のバラ騎士団にとってもっとも重要な儀式のひとつでもあるから、銀のバラ騎士になってからはずっと、降誕祭はドイツで迎えていた。
それは楽しい楽しくないとかそういうことじゃなくて、オレにとって使命と同じことで、この先も変わることはないと思っていた」
彼は繊細な睫を伏せて穏やかに語った。
あたしは出会った時の鈴影さんを思い出して胸がキュッと痛くなった。
総帥として在った彼。
今も彼は銀バラの一員ではあるのだけど……
「そうじゃない」
鈴影さんはあたしの様子をみてとって、強く否定をした。
「そうじゃないよ、ユメミ。
後悔はしていないよ。オレも君も自分のできる全てのことをやった上でのことだ。
ただ……快く行動するということに、慣れてないから」
屹然といってから、付け加えた。
強い意志と、思いやる気持ちと、戸惑いが伝わってくる。
そう、あたしたちは後悔していない。
それは本当。
だったら。
あたしは鈴影さんの膝の上に両手を重ねて、鈴影さんの瞳に自分の全てを注ぎこむように見つめて云った。
「じゃあ、今年は日本の年末を思いきり楽しみましょう!
明日は、お誕生日を祝って、イブのお祝いもしましょうよ。
鈴影さんは知らないかもしれないけど、日本じゃクリスマスよりイブの方が盛り上がるのよ。
そして次の日は皆でクリスマスパーティね。
銀バラの皆も、天吾も人吾も呼んで。
あたしが料理を作るわ。
でね、年越しの買い出しに行って、年越し蕎麦を食べて、大晦日は初詣にいきましょう。
凄く混むけど、あたしがついてるから大丈夫よ。人ごみのかわし方を教えてあげる。
でね、来年はドイツでドイツ流に一緒に過ごすの」
今は、あなたらしく、あたしらしく、一緒にすごしたい。
鈴影さんは、長い間、くいいるようにあたしを見つめていた。
黒い瞳に光がひろがり溢れ、ゆれる。
それから心から絞り出すように、いった。
「そうだね……、そうだね。
今年は君と同じようにやってみるよ。
初詣にいって、クリスマスパーティーをして、誕生日を、きみと過ごすよ」
声は震えていて、熱かった。
あたしをぐいっとひき寄せて、痛いほど強く抱きしめる。
逞しい胸に頬を押しつけられて、ドキっとした。
 
腕の中であたしはきいていた。
 
薄い朱子織のシャツの下、
ぬくもりの向こうの早鐘のような
 
鈴影さんの心臓の音。
 
鈴影さんがどきどきしてる。
いつも大人で冷静な鈴影さんに不似合いで、なんだかおかしかった。
 
知らなかった。                                                                 
ずっとあたししかどきどきしてないと思ってた。
 
幸せな発見が、あたしの中を鈴影さんで満たしていく。
 
腕を背中にまわして、あたしもそっと、彼をいだいた。
あたしの鼓動と鈴影さんの鼓動は混じり合って、いつしか同じリズムを刻んでいく――
 
窓の向こう、夜闇の中で煌めくツリーのイルミネーション。
その後ろにまたたく冬の星。
聖夜をともすあたたかい灯。
 
日付が変わるまで一緒にあなたといたい、あたしはそう思った。