Opalpearlmoon

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そうして君の名を呼ぶ

「あーもう、あちぃなー!こうも暑いんじゃ勉強なんかやってらんねーよ」
「高天さんは暑がりすぎだよ」
「鍛錬が足りんからだ。少しは黙ってられんのか」
「わかったからちょっと待ってなさいよっ」
ロッジの扉をあけるとそのような声が飛び込んできた。
みると、ソファーに緩く腰をかけ伸びている高天、本を広げノートにペンを走らせている光坂、目を伏せ読書に勤しむ冷泉寺、そして佐藤が腰をあげ立ちあがったところだった。
騎士候補生と貴女、彼らを銀のバラ騎士団に迎え入れてから日本支部ロッジは騒がしくなった。
賑やかになったともいうだろうか。静謐に満ちた騎士の集合所は、いまや活気に溢れている。
入室すると彼らは一様に姿勢をただし、こちらをみた。
「そろっているね、では始めようか」
そうしてデスクの椅子に腰をかけた。
 
1時間半ほど立ち、休憩をとることにした。
佐藤は立ちあがり、当然というように備え付けのキッチンルームへと向かう。
キッチンをのぞくと、早くもケトルは湯気を立てている。テーブルの上にはティーポットとアールグレイ、漉し器、ティースプーンにマドラー、五つのグラスが整然と並んでいた。
声をかけると驚いたように振り向き、こちらをみた。テーブル越しに向き合う。
「佐藤、別に君がやらなくてもいいよ。オレのほうで準備させるから」
離れとはいえすぐに人を呼ぶことはできる。なにも佐藤の手を煩わせることはない。だから気を使わなくていい。
そういうと事もなげに笑っていった。
「気にしないでください。あたし主婦だからこういうの好きなんです」
そういってポットを温めるとシンクに流し、手早く茶葉をいれポットに湯を注ぎ入れる。一連の動作は手馴れていて滑らかだ。
「それにアイスティー、得意なんですよ」
テーブルに手をつき、覗き込むように見上げると自信ありげに瞳を輝かせた。
柔らかな香気が漂い、キッチンを包む。
「そうだ、鈴影さん。あたしのことユメミって呼んでくれませんか?」
思い出したかのように明るい声でいった。
「さっき冷泉寺さんにも話をしたんですけど、なんだか佐藤って堅苦しい気がして。せっかく知り合えたんだし、気軽にユメミって呼んでください」
そういってぺこりとお辞儀をした。
意外な言葉に少し驚く。佐藤でもユメミでも名前には変わりはない。今まで呼び名など気にしたことはなかった。
そういえば高天や光坂は名前で呼ぶ。
飾らない性格の彼女にとってそれは気になることだったのだろうか。
少女らしいその感覚を新鮮に感じた。
嬉々としてお茶を用意し、名前で呼んでくれという君は微笑ましく、愛らしい。
自然と笑みが漏れる。
貴女が望むのならそうしよう。心からの親愛と敬意をこめて。
「わかったよ。ユメミ」
ユメミは自分で呼んでほしいといったのに、榛色の瞳に緊張した光を浮かべ、耳まで赤く染まって立ちすくむ。
それからまるい瞳をふわりとほそめ、はにかむように笑った。