Opalpearlmoon

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夏の休暇 ~みどりの王さまと幼いきみ~

わたしとお母さまは、夏のお休みになると、山のお屋敷へとお泊りにいく。
お父さまはお忙しいから、いつも後からいらっしゃる。
だから、これまではお母さまとわたしの二人きりだった。
でもね、今年は違うの。
お友だちが待っているから。
レオンくん。
お母さまのお友だちの子どもで、長いお休みになるとドイツから日本へ帰ってくる。
最初に会ったのは一年前のこと。
わたしの山のお屋敷に、お母さまのお友だち、という方がおみえになったの。
お母さまに呼ばれて応接室にいくと、長い髪の上品な女の人が、窓際の椅子に座ってらっしゃった。
その方の隣に、きれいな男の子が立っていた。
「貴緒さん、こちらは聖樹さん。あなたより一つ上なのよ。仲良くね」
聖樹さん、と呼ばれた男の子は、わたしをみてにっこりわらった。
とてもきれいな笑顔で、わたしはなんだかはずかしくなってしまった。
 
そのあと、お母さまに聖樹さんをご案内してあげて、といわれてわたしと聖樹さん、は応接室をでたの。
案内といわれてもお屋敷は広い。
どこからご案内すればいいのかしら。
まずはわたしのお部屋からいこう。
そう思って、二階への階段をのぼった。
隣を歩く聖樹さん、をみる。
わたしは彼をみてずっと不思議に思っていたの。
お名前は日本人なのに、お母さまは日本のかたなのに、肌が白くて鼻が高くてお人形みたいで、外国の人のみたいだった。
どうして?
わたしの顔をみて、聖樹さん、はくすくすと笑いながらいった。
「思ってること、わかるよ。ボクの父様はドイツ人なんだ。ドイツ名は、レオンハルト
「お名前がふたつあるの?」
びっくりした。
外国のお友だちはいるけど、お名前が二つもあるひとは初めてだった。
「そうだよ、両親の国が違うとね、名前も国に合わせて変わるんだ」
彼は少し階段を上がり、手すりを背中にしてもって、わたしをみた。
「じゃあ、なんて呼んだらいいの?」
わたしがきくと、今度は彼が不思議そうな顔をした。
「母様は聖樹って呼ぶし、父様はレオンハルトって呼ぶよ。
 どっちでもいいよ。だって両方ともボクなんだから」
どうしよう。
お母さまは聖樹さんって呼んでいたわ。
でも、目の前にいる彼は、どうしても日本の名前ではないような感じがしたの。
もちろん、聖樹って素敵なお名前だと思う。
でも、わたしの前に立つ、黒い髪と黒い目のきれいな男の子には、レオンハルトという外国のお名前のほうがぴったりなような気がした。
それに二つあるお名前って、不思議で、外国のお名前で呼んでみたかったの。
「じゃあ、レオンくん、でいい?」
呼んでみると、もっと彼に似合うような気がした。
見上げるわたしにレオンくんは手を差し伸べていった。
「いいよ。貴緒さん、これからもよろしくね」
握手。
外国風の挨拶をして、レオンくんとわたしはお友だちになったの。
 
わたしと、レオンくんの山のお屋敷はご近所で、それからたびたび遊んだ。
お母さまと二人で過ごすお休みも好きだったけど、お友だちと過ごすお休みはもっと素敵だった。
ピクニックへいったり、川で水切りをしたり、絵を描きに湖へいったり。
本当に楽しくすごしたの。
そしてお休みの終わりに、また来年会うことを約束してさよならをした。
 
ワクワクする気持ちで歩く。
今年はレオンくんたちのほうが早く着いていて、わたしたちはこれからお屋敷にうかがう途中。
お母さまの白い日傘の陰に合わせて歩くとゆっくりで、本当は走り出したいくらいだった。
角を曲がり、二軒むこう。
広いお庭と大きな門。
着いた!!
お母さまがベルを鳴らすと、すぐに鈴影の小母さまとレオンくんが出迎えてくれた。
一年ぶりに会う小母さまは相変わらずとてもおきれいで、隣にたつレオンくんはすこし背が伸びて日焼けをしていた。
ご挨拶をして、お母さまと鈴影の小母さまはお屋敷へと入っていった。
わたしとレオンくんはそのままお外にのこり、お庭で遊ぶことにしたの。
レオンくんのお屋敷のお庭は広くて、すぐ隣に林が広がっている。
そして、その手前に大きなブランコがあるの。
大きな木の枝にロープをかけた、手作りのブランコで、子どもなら二人のれるくらいの大きさなのよ。
わたしとレオンくんはブランコに交代にのって遊んだ。
レオンくんはブランコ遊びが上手で、どんどん漕いで、勢いをつけていく。
そしてそのままふわっと飛びおりて、ぴたっと着地した。
すごい!!
わたしが思わず声を上げて拍手をすると、レオンくんは照れくさそうにはにかんだ。
「危ないって、叱られるんだ。母様には内緒だよ」
片目をとじて、目配せをする。
そのしぐさは去年のレオンくんと変わらなくて、なんだか嬉しかった。
わたしの番になって、ブランコに座る。
わたしもレオンくんのようにかっこよく乗りたいけど、なかなか上手にできないな。
それでもゆっくり揺れ出して、わたしが前を向くと、奥の林の中にレオンくんが立っているのがみえた。
まるで差し伸べられた腕のように下がる枝のもとで、柔らかい光の中で大樹を見上げている。
なにしてるのかな、カブト虫でもいるのかなあ。
じっとみてると、あることに気がついたの。
木々のはっぱを通り抜けてふりそそぐ光を浴びるレオンくん。
かがやく髪は、周りの木々の葉と同じ色をしていた。
きれいな、新緑の色。
「レオンくん!あなたの髪、はっぱと同じ色してる……」
驚いて足をついてしまった。
レオンくんは、前髪をひと房つまんでいった。
「これ?よく言われる。光の当たり具合でそうみえるみたい」
そうなの?
レオンくんは、走ってきてわたしの隣に座ると、髪を近くでみせてくれた。
光に透かした髪は、うっすらと緑みがかってみえた。
「すごい!素敵ね!」
こんな髪色のひと、みたことがない。
なんてきれいなんだろう。
「そうかな」
レオンくんは、ちょっとだけ寂しそうな顔をしていった。
わたしは不思議に思った。
だって、こんなにきれいなのに、どうしてそんな顔をするの?
わたしにはとっても素敵なことに思えるのに。
でも、きっとレオンくんにとってはあんまりいいことじゃないのだろう。
だから、そんなことないって伝えたくて、いった。
「きっと、レオンくんって、森の精霊なのよ」
きっとそう。
わたしたちとは違う、特別なんだわ。
だから、木々と同じ色なの。
選ばれた人なのよ。
「精霊?まさかあ」
レオンくんはぷっと吹き出すと、おかしそうに笑った。
真面目に言ったのになんで笑うのかしら。
心の中ではおもしろくなかったけど、でも、さっきの寂しそうなレオンくんよりずっといいのかな。
木々の中。こもれ日の中。
さまざまな緑とクリーム色の光の中に立つレオンくんは、とても素敵だった。
白樺の木の葉と同じ色の、樫の木の葉と同じ色の、おとぎ話にでてくるような、不思議な髪いろの男の子。
取り囲む木々たちは、枝を差し出して忠誠をちかっている。
まるで森の緑たちを従える王さまのように見えた。
「……みどりの王さまだわ」
 
「だったら銀の騎士のほうがいいな」
そういってブランコからぴょんっ、と飛び降りた。
そして、わたしのほうをふりむいていったの。
「ボクはね、騎士になるんだ」
レオンくんは左手を腰に当てて、右手を剣を胸の前で掲げるようなしぐさをしてから、えいっと前へ突きだした。
「きし?」
お話の中に出てくる、あのきし?
「そう、その騎士。ボクの家はね、代々騎士の家なんだ。銀のバラ騎士団っていうんだ。」
「騎士団って、昔話にでてくるような、騎士団!?」
わたしは突然レオンくんの口から飛び出した言葉に目を丸くした。
「正義のために戦う騎士団なんだよ。かっこいいだろ。
父様も騎士なんだ。ボクは父様のような立派な騎士になりたいんだ」
レオンくんは得意そうに目をきらきらと輝かせて話をした。
アーサー王のお話に出てくる、騎士団。
とっても昔のお話だから、今もあるとは知らなかった。
昔話の中だけだと思っていたからびっくりしたの。
でも、レオンくんがいうならきっとあるんだわ。
だって、こんなにも嬉しそうに話してくれたんだもの。
そうね、森の精霊よりも、騎士さまのほうが、レオンくんに似合ってる。
銀のバラ騎士って、きっと素晴らしいものに違いないわ。
「わたし、レオンくんが銀の騎士になれるよう応援してる」
心からの気持ち。
レオンくんの願いがかないますように。
「ありがとう。きっとボクはなってみせるよ!」
夏の日差しのもとで、レオンくんはぱっと顔を輝かせて太陽のような笑顔になった。
 
「聖樹さん、貴緒さん、お茶にしましょう」
鈴影の小母さまの、わたしたちを呼ぶ声がする。
レオンくんは、はーい、と大きな声で返事をしてから、わたしの顔をのぞきこんだ。
「今日はね、母様が貴緒さんたちのためにとっておきのお菓子を用意してくれたんだ。
 冷たいソーダ水もあるよ。楽しみだね!」
うん、楽しみ!!
大きく頷くわたしを嬉しそうにみて、お屋敷へと駆けだす……
 
 
夏のお休みは始まったばかり。
今日も明日も明後日も、わたしたちは幸せにすごそう。