Opalpearlmoon

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ひな祭りの君と、誕生日の僕。

今日はひな祭り。
そしてボクの誕生日でもある。
ボクは自分の誕生日があんまり好きじゃない。
だって、女の子の日だよ?!小さい頃は口の悪い同級生に散々からかわれた。男のくせに女の日かよ、ほんとは女なんじゃないかって。
身体が弱くて七五三は女の子のときだったし、桃の節句もやっていたから余計にいわれた。
ボクが生まれた大切な日だということはわかってるし、大変な思いをして産んでくれたお母さまに感謝してる。でもやっぱり、ちょっと複雑……
 
二年生の玄関横の、裏庭へ通じる細い通路には梅の木が植えてあって、ここ数日の春の陽気を楽しむように紅白の花は咲きそろい、いい香りを漂わせている。
うららかな午後、ボクはユメミがあらわれるのを待っていた。
レオンさんは卒業してしまったし、高天さんは都合が悪くて、ボクが家に送り届けることになったんだ。
ユメミには高天さんから伝えてあって、ボクが待ってることも知ってる。
忙しいのかな、なかなか出てこない。
手持ち無沙汰になってきて、ボクはブレザーの胸ポケットに指をしのばせ、ざっくりと折りたたまれた一枚のメモを取り出して、開いた。
“アキ、これ買っといて。領収書は貰っとけよ”
部活の備品の買い出しを高天さんに頼まれたんだ。メモにはずらっと品物の名前が書いてある。
高天さんはギリギリになってから買いだしをするから量も多いし、急ぎで買いに行かないといけない。
これ、ユメミを送ってから買いに行けばいいかなあ……
指でメモのふちをなぞりながらそんなことを考えていると、ボクの視界に待ち焦がれていた人の姿が飛び込んできた。
玄関をでて、きょろきょろしてる。
「ユメミ!」
手を振ると、軽やかにスカートとリボンを揺らしながらこちらへとかけてきた。
そしてハシバミ色の瞳に柔らかい太陽の光をうつして、ボクの前に立ったんだ。
「ここにいたの?探しちゃった。待った?」
「うん、ちょっとだけね。でも梅の花を見てたから気にならなかったよ」
「あ~やっぱり待った?ごめんねうちの担任HR長くて」
ユメミは申し訳なさそうに瞳を細めて、ボクに謝った。それから
「ここの梅の花綺麗ね~!」
あたりを見まわして、かがやくように笑った。
その顔がかわいくって、ボクはどきんとしてしまう。
ユメミの好きなころは、素直なところ。
すぐ気持ちが表情にでる。普段は自分は主婦なんていってボクを年下扱いしてくるのに、子どものように豊かに気持ちをみせるところがかわいいんだ。
「でしょ?ユメミに見せたかったから、ここで待ってたんだ」
少しだけ緊張しながら瞳を真っ直ぐにみつめて、いった。
「そうなんだ、ありがとうねー!さすが光坂クンねえ。あたし全然気がついてなかったわ」
ユメミは指先を軽く頬に当ててあははは、と明るく笑った。
あれ、気持ちをこめていったんだけどな。
喜んでくれてるしいいのかなあ。
いつものこととはいえ、肩透かしをくらってがっかりしていると、ユメミは思い出しようにボクに告げた。
「そうだ、せっかく待っててくれたのに悪いんだけど、今日送ってくれるのはいいわよ」
「どうして?」
思わぬ言葉に動揺してしまう。ボクは楽しみにしていたのに。
「学校帰りに買い物しないといけないの。光坂クンまで付き合わせたら悪いでしょ?だから今日は遠慮しておくわ」
えっ、買い物……!?
「ちょうどよかった!ボクも買い出しがあるんだ。じゃあ一緒に行こうよ」
思いがけない偶然にニッコリと笑うと、ユメミは瞳に戸惑いをうかべた。
「そうなの?」
手の中のメモを見せて、おおきく頷く。
「早めに、って頼まれてたんだ。君の行くところへボクも一緒に行くよ、いいでしょ」
ちょっとだけ考えたみたいだけど、すぐにこたえてくれた。
「そうねえ、じゃあ一緒に付き合ってくれる?」
「もちろんだよ!」
 
一緒に買い物にでかけるって、これって、デートだ!!
満ちる梅の甘い香りの中で、ボクは幸運を神さまに感謝した。
 
 
ユメミの家から3つはなれたバス停で降り、5分くらい歩くと目的のスーパーマーケットがあった。
よく買いに行くお店で、野菜が新鮮で安いんだって。バスの中で教えてくれた。
そばに商店街もあって、まずはそこの薬局でボクの買い物を済ませることにしたんだ。
包帯、絆創膏、湿布、消毒液、ガーゼなど、怪我の多いサッカー部では必需品ばかり。
「こっちの方が安いし、沁みないのよ」
「これのほうが少し高いけど、効果は抜群なのよ。ぜったいお得」
といって、メモを見ながらあっという間にユメミが選んでくれて、10分もかからずに買い終えることができた。ボク一人だったらあれこれ迷ってもっと時間がかかったと思う。
「凄いね!詳しいんだ……」
おもわず呟くと、
「うちはやんちゃ盛りの弟がいるからねー、手当てすることも多いし、必然的に詳しくなるのよね」
そういって得意そうに胸を張った。
ボクと出逢った時も慣れた手つきで手当てしてくれたっけ。
あのときもこんな風に得意げだったね。
あの日、泣いていたボクの傷の手当てをして、話をきいてくれた。
包帯を巻く指は力強くて、かける言葉は逞しかった。
とってもまぶしくて、その輝きにボクは惹かれたんだ。
「こんどお勧めのメーカー教えてあげる。じゃあ次はスーパーね」
思い出に胸をくすぐられているボクの前で、そんなこと露にも知らない君は急くように身をひるがえした。
 
スーパーマーケットは食料品と簡単な日用品だけ売っている中規模なお店で、子供連れのお母さんでにぎわっていた。
買い物かごはボクが持ち、隣でユメミがじゃがいも、にんじん、レタス……とてきぱきと入れていく。
家庭を切りもりしているだけあってその眼は真剣で、しっかり選んでいるようだった。
いいなあ、こういうの。
隣で一心にトマトを選ぶユメミ。
徐々に重くなっていくかご。
それがすごく幸せに感じたんだ。
ユメミのテリトリーにいるっていうのも、ドキドキする。
ここのバス停で降りたこともなかったし、このスーパーにも初めてきた。ユメミの日常を垣間見ることができたのは、なんだか特別なことのような気がしたんだ。
学校とロッジで顔を合わせるけど、それ以外で一緒にいることって、ないからね。
銀バラ入団のための勉強と同じくらい真面目に野菜を選んでる横顔は、ボクが初めてみるユメミだ。
そんな顔をみることができて嬉しい。二人でいるのも嬉しい。
なにより誕生日にいっしょにいられるのが嬉しい。
だからつい、いっちゃったんだ。
「ユメミ、なんかデートみたいだね!」
嬉しくて声が弾んでしまう。
とたんユメミはぷっと吹き出して、おかしそうに目をほそめた。
「ばっかねー、夕飯の買い物をデートなんていわないわよ」
ありえないといわんばかりに大げさに手を前後に振って。
その様子を、ボクは意外な気持ちでみていた。
へぇ……
ユメミって、主婦なんて自称するわりには、ロマンチストなところがあるんだ。
少女マンガみたいにデートはお洒落じゃないとおかしいって思ってるんだね。
かわいいなあ、そういうところ。
「いうよ、デートって。それに、夕御飯のお買い物をしてるって、一緒に住んでいるみたいじゃない?」
すると、目をまるくしてから頬をちょっとだけ膨らまして、ぷいっと横を向いた。
頬が少し赤くなってる。
反応がおかしくてかわいくて、ボクは自然と笑顔になっちゃう。
「そんなことないわよ、いい、これはついでなのついで。目的がかぶっただけなの」
するとユメミは勢いよく振り向いて、念を押すように人差し指をむけてから、買い物かごをボクの手から奪うと、すたすたとお肉売り場の方へ歩いていく。
あ、待ってよ!
小走りで追いかけて、幸せな気持ちでもう一度、ボクはその隣に立ったんだ。
 
お店の中を丁寧に一周まわってレジで会計をすませ、荷物をレジ袋に分けるとちょうど三袋。
ボクが全て手に下げると、ユメミは学生鞄を持ってくれた。
「悪いわね~荷物持ちさせて」
「いいよ、そのつもりできたんだから。こういうのは男の子にまかせてよ」
食料品は案外重い。一人で買い物して持って帰るんだから凄いと思うよ。
それとも荷物持ちを見越して買ってたりして。
ユメミの力になれるのなら、そのほうが嬉しいかな、なんて思ってしまうから、いいけどね。
みると、出口の傍にはアイスクリーム屋さんがある。自動ドアの向こうにはベンチもみえた。
そうだ!
「ねえユメミ、アイス食べていかない」
せっかくのデートなんだし、ね!
「おごるから、いいでしょ?」
出口をでてちょっとだけ強引にベンチに座らせると、ウインクをして店内に戻った。
選んだのは春らしくストロベリーアイス。
ユメミにぴったりだと思ったんだ。
手渡してから隣に座り、食べ始める。
「ありがとう」
ユメミは驚いていたみたいだけど、少しずつ食べ始めた。
こうしてると、本当にデートをしてるみたい。
ロッジでもどこでも、こんなに近くに座ることってそうないからさ。
自分でいっていたくせに、そう意識しだすと胸がドキドキしてきた。すこぶる機嫌のいい陽気のせいかもしれないけど……
それをなだめるようにして、ボクはユメミに話しかけた。
「そういやさっきひなまつりのお菓子は買わなかったね。用意してあるんだね」
当日だけあって、目立つ場所に山盛りにして置いてあった。それには目もくれずに買い物をしていたから。
かえってきた言葉は意外なものだった。
「うち、男所帯だからひな祭りはしないのよ」
「え、ユメミがいるじゃない」
驚いてききかえすと、溶け始めているアイスを小さな舌でなめながら意外そうな顔をした。
「あたし?!いいのよあたしは。光坂クンのお家だって、お母さんはひな祭りなんてしないでしょ?」
そういってあっけらかんと笑った。
そこには寂しさも翳りもなくて、それが逆にボクの心にさざ波をたてたんだ。
「それは違うよ、ユメミ。君は女の子だよ。ひな祭りは女の子のお祭りだもの、お祝いしたっていいんじゃない?」
いつも家族のことを考えてる君。でも、自分のためだけにお祝いしてもいいと思う。
そんな風に思ってほしいんだ。
「待ってて」
残りのコーンを口にほうりこんで立ちあがった。そしてあ然としているユメミを待たせてお店に戻り、急いでひなあられと白酒を買った。
「ひな祭りだからね、ボクがお祝いしたい」
肩で大きく息をつきながら小さな袋をユメミの前に差し出す。両手で受けとって、それが何かわかると、ハシバミのような瞳をさらに大きくして、みつめた。
「……ありがとう」
さっきとは違う吐息のようにちいさい声に、ボクの胸は震える。
空をうつした瞳はとても綺麗で、なぜだか恥ずかしくなって、それを隠したくて、せいいっぱい普通に聞こえるように、いった。
「気をつかわれたなんて思わないでね、ユメミ」
「思わないわよ。……知ってる?主婦は図々しいのよ」
そういって、少しだけぎこちなく、ユメミはわらった。
 
ユメミの家に着いたのは、遊びにいっているという弟たちが帰ってくるという時間の三十分ほど前だった。
名残惜しいけど、家のことがあるんだから、仕方ないね。
ユメミに続いて玄関先まで買い物袋をはこび、鞄を受け取って、帰るための挨拶をしようとした、その時だった。
「今日誕生日なんでしょ?うちあがっていきなさいよ、とっておきのお茶を淹れてあげる」
びっくりした。
だって、ユメミに誕生日なんて話してなかったから。
「なんで知ってるの?!」
驚くボクの反応が楽しかったのか、嬉しそうに教えてくれた。
「ヒロシがいってたのよ。いい日よね」
いつも女の子みたいでかわいいってボクのことをいう君だから、からかわれると思ってたのに。
だから伝えるの、躊躇してたのに。
「ユメミは女みたいだって、いわないの……?」
呆然としてつぶやくと、クスッとしてからボクの顔を覗き込んだ。玄関の段差が身長差を縮めてくれて、君の顔がすぐそばまで近づいて、どきんとする。
「なあにそれ。生まれた日くらいでそんなこと気にしてたらやってけないわよ。だいたい、そんなこといいだしたらヒロシなんてどうなるのよ。オカマの日だなんて散々からかわれてたんだから。
光坂クン、あたしはすてきだと思うわよ。梅の花の美しさに気がつく、やさしいあなたにぴったりだわ」
そんな風にいってくれて嬉しい。
ユメミがすてきだといってくれるのが嬉しいよ。
それだけで、複雑なんて言葉は吹っ飛んで、ボクは自分の誕生日が好きになった。
いや、きっと昔から好きだったんだ。
だって自分の生まれた日だもの。好きじゃないわけがない。
君の言葉はいつも、ボクに気づきをくれる、
あたたかく支えてくれる。
そういう君が、好きなんだ。
「ほら、あがって」
ボクが立ちすくんでいると、ユメミはくるっと向きを変えて、買い物袋と鞄をもって廊下を先立って歩き出した。
慌てて残りの袋に手をかけて、用意してくれたスリッパに履き替える。
台所へ続く廊下の真ん中で、ユメミはふいと足を止め、振り向いた。
「光坂クン、お誕生日おめでとう」
春よりもやさしい笑顔でお祝いの言葉をくれた君がまぶしくて、ふれたくて身体が動いたけれど、持った袋の重みがそれを阻止した。
どうもボクは決まらないね。
まあ、どきっとさせてしまって、猫になるよりかはいいのかなあ……
 
心の中でため息をつくボクの前で、ユメミはお茶受けはアイスがあったからサンデーにしようかな、でもさっき食べたわよね、ひなあられがいいかしら、なんて呟いていた――