Opalpearlmoon

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レイディ・アンを探して

靴箱を開けると、小さな紙袋と可愛らしいビニールの袋が、上履きを避けるように詰め込まれていた。
急いでサブバッグにしまって、あたりを見渡す。
大丈夫、見られてない。
ホッと息をついて、上履きに履き替えた。
なんで隠すんだって?
もちろん、もらえるのは嬉しいよ。
ボクだって男だし、女の子から好かれてるっていうのは、悪い気はしないもの。
お返しを考えるのも楽しいしね。
でも、今年はなんだかうしろめたいような気分になって、落ち着かないんだ。
理由はわかってる。
好きな子ができたからだ。
 
今日はヴァレンタインデイ。男の子が一番そわそわする日。
 
いつも二年生教室の傍を通るとき、くすぐったい期待に胸が震える。
ユメミに逢えるんじゃないかって。
女の子みたいだって思うけど、そのくすぐったさがボクは好きだ。
今日は勉強会の日だし、ロッジで逢えるよね。
きっと、そのときに……。
そんなことを思いながら、教室へ続く廊下の途中、西階段の前を通った時だった。
「おはよ、光坂クン!」
ドキンとした。
ボクの一番聞きたい声。
振り仰ぐと、階段の踊り場から折れ上がって続く手すりの陰から、ユメミが顔だけをだしてこちらを見ていた。 
踊り場の窓から差す朝の白い陽が、ユメミの髪と肌をきらきらと輝かせている。
ボクと目が合い、顔の横で小さく手を振る。 
「今日ロッジにくるわよねー?」
「行くよー。ユメミ、なんで?」
行くに決まってるじゃないか。
君に逢えるのに。
答えると、彼女はハシバミ色の瞳をいたずらっぽく輝かせて花咲くように笑った。
「今日ヴァレンタインでしょっ、楽しみにしててね!」
そして軽やかに身をひるがえして、陰から姿を消した。
 
待って。
言う間もなかった。
 
ボクは無意識に背中の後ろに回したサブバッグを握りしめる。
外から見てわかるわけないのに、そうしてしまった。
隠したのは、知られたくなかったから。
ユメミは、ボクを子ども扱いして、ボクの気持ちを淡いものにする。
ボクにぴったりの女の子は自分じゃない、素敵な女の子があらわれるわよ。
そんなことをいって、いつもやんわりとボクの気持ちを遠ざけるんだ。
今回だって、チョコのことを知ったら同じようにいうに違いない
――ボクに似合いの女の子は、君なのに。
声にしないで唇にのせて、君のいた光の中を見上げたまま、ボクはちょっとの間、立ちすくんだ。
 
あわただしく、今日の学校は終わった。
休み時間に廊下に呼び出されたり、友達にひやかされたりしていたから、余計にあわただしく感じたのかもしれない。
午後4時、ボクは男子の緊張と女子の熱気に包まれた教室を後にした。
 
ロッジに着くと、ボク以外全員揃っていて、それぞれの定位置についていた。
勉強会の開始時間までには余裕があったはずなのに、どうやらみんながみんな、早めについたみたいだった。
「はい、光坂クン。ハッピーヴァレンタインっ!」
ボクの顔をみて立ちあがり、ユメミは紙袋から黄色のリボンでラッピングしたチョコをちらっとみせて、それから紙袋ごとボクに渡してくれた。
見回すと、高天さんは青、冷泉寺さんは白、そしてレオンさんには緑色のリボンがかかったチョコが置かれていた。
わかってたけど、みんな同じ。
それでもうれしい。
それにみんな同じってことは、誰も特別ではないってことだものね。
「ありがとうユメミ!うれしいよ」
心をこめてお礼をいうと、うれしそうに微笑んでくれた。
その顔もボクを幸せにしてくれて、うきうきしながらボクの席、すなわち高天さんの隣の椅子に座った。
「なんだ、遅かったな~」
高天さんは、頭の後ろで手を組んで背もたれにもたれかかるように座って、こちらを向いた。
得意げに頬が緩んで声が弾んで、顔に「理由を聞け」と書いてあるみたい。
だから聞いたんだ。
「高天さん、いいことでもあった?」
「いや~さ~、オレ、今年10個もチョコ貰ったんだぜ!すげーだろっ!」
勢いよく姿勢を正して座り直すと、自慢するように胸を張った。
「もう、ヒロシったらさっきからそればっかりなのよね~」
「まったく、うるさくてたまらん」
苦笑するユメミと、興味なさそうに頬づえをついた冷泉寺さん。レオンさんまで薄く苦笑いをしている。
どうやらずっとこんな感じだったみたい。
その様子にクスッと笑うと、横から腕を伸ばし、高天さんはボクの頭を脇に抱え込んだ。
「そうだ、アキ、おまえはどーなんだよっ!」
うわあっ!
乱暴に引きよせられて、ボクは椅子からずり落ちそうになって、それを必死にこらえた。
「ボクは、そういうのって、数じゃないと思うし……」
……ユメミに知られたくない。
腕の中でうつむいて答えると、高天さんは悪戯っ子の瞳をしてボクの顔をのぞきこんだ。
「ナマイキだなぁっ、みせろよ、いいだろっ」
そういって右手でボクのサブバッグを取り上げて、机の上に無造作にひっくり返したんだ。
もがくボクの抵抗も空しく、音を立ててチョコが流れおちる。
ああっ!!
高天さんのバカ!!
15個。光坂の圧勝だな」
冷泉寺さんは5秒もかからないうちに数を数えて冷静に宣告し、それからボクのほうをちらっとみて、付け加えた。
「ああ、ユメミからのもあるから、16個か」
「冷泉寺!」
悔しそうに冷泉寺さんを睨みつけて、ボクの髪に手をいれてくしゃくしゃっとかきまわした。
「こんにゃろ、美少年クンはつらいよな~」
乱れる髪の隙間から、ボクは息をとめてユメミを見つめていた。
なんて言うのかって、思って。
「もう光坂クンは人気があるんだから、ひがまないの。よかったわね、お似合いの女の子がいっぱいね、きっと」
ユメミは、高天さんをなだめて、こちらをみて気遣うようにいったんだ。
 
ほら、やっぱり。
意識はしていないだろう、慰めの言葉。
そうじゃないのに。
そういうことじゃないのに。
そうやって、ユメミはいうんだね。
哀しくて、目をそむけた。
 
「もう時間だ。そのくらいにしておけ」
レオンさんの有無を言わさぬ声が響いて、ボクたちは口をつぐみ、そそくさと散乱したチョコを片づけ、姿勢を正した。
 
勉強会はお開きになり、ユメミは高天さんと一緒に帰っていった。
レオンさんも冷泉寺さんもいない。
ボクだけが図書室に残って、30分ほど居残りをしていた。
借りたかった本があって、それを探していたんだ。
手間取りつつも無事見つかり、ユメミから貰った紙袋に入れようとしてのぞき見ると、それはボクのチョコが入っている紙袋と、さらに大きな紙袋で二重になっていた。
その底に、ちらりとピンク色のものがみえた。
何だろう……。
手にとってみると、それはペールピンクの手袋だった。
柔らかいウールの、リボンがついている女性用の片手だけの手袋。
ユメミのだ!
多分、何かの拍子に滑り込んで、気付かないままに上からチョコの紙袋を入れたんだ。
理解したところで、考えこんでしまった。
どうしよう……。
追いかけようにも、ユメミはとっくにバスに乗り、今ごろ家に着いている時間だよね。
明日渡せばいいかな。
でもまだまだ寒いし、手袋がないとユメミもつらいよね、きっと……。
よし、今から届けに行こう。
夜といってもまだ時間は早いし、いいよねっ。
急いで片づけて、ロッジをでる。
かけ足で門扉に向かうと、合わせるように白い息がはずんだ。
 
ユメミの家にいって、また逢える理由ができて、うれしかったんだ。
 
ボクのうちとは反対方向のバスは、まばらに人が乗っているだけだった。
一番後ろの席に座る。
頭をもたれかけて、すっかり夜に染まった車窓に目を向けながら、ボクは子どものころに遊んだ、ヴァレンタインの日の遊び、レイディ・アンを思いだしていた。
愛情の証である片手袋をもって、“恋する人”はもうひとつの手袋を持つ人を探す歌をうたう。
“わたしの愛しいヴァレンタインさんはどこ”
“わたしの手袋を受け取る、世界で一番素敵な人はだれ”
“わたしは選びます、愛しい人を”
そうして輪の中から一人をえらび、その人が対の手袋をもっていたらこう告げる。
“この手袋はあなたのものですヴァレンタインさん”
“あなたは私の愛しい人です”
そうして“恋される人”は“恋する人”の手を取り、恋人になって輪から抜けるのだ。
 
ボクは君を思い浮かべるよ、
レイディ・アン。
まったく出来過ぎていているよね。
静まりかえった車内で、ボクは小さく微笑んだ。
 
 
インターホンをならすと、すぐに反応があった。
『どちらさまですかー!』
たどたどしい敬語が最大ボリュームで聞こえてきたんだ。
天吾クンか人吾クンのどちらかだね。
うーん、これはきっと……。
「人吾クンこんばんは。光坂のお兄ちゃんだけど、ユメミを呼んでくれる?」
『なんでわかったんだ?!光坂のお兄ちゃんすごいね!』
そしてそのまま、
『ユメミちゃーん、光坂のお兄ちゃんがきたよー!』
と遠ざかる声が聞こえてきた。
微笑ましい様子が見えるようで、思わず笑ってしまった。
少しして、ユメミが姿をあらわした。
夕御飯をつくっている途中だったのか、エプロン姿で門まで出てきてくれた。
薄いピンク色でふちにフリルがついていて、女の子らしくて、かわいい。
「光坂クン、どうしたの?」
その声は戸惑っているようだった。
そりゃ戸惑うよね、さっき逢ったのにまた来たら。
「今日貰ったチョコの紙袋の中にこれが入ってたんだ。ユメミのじゃないかなと思って」
そういって片手の手袋を差し出す。
うやうやしく、両手に乗せて。
「あ~これ、あたしの!探してたのよ~、そっちの紙袋にはいっていたのね」
ユメミは驚いて手袋を手に取り、まじまじとみつめた。
「ありがと光坂クン」
よろこぶときはいつも、まぶしそうに目を細めて、瞳に光をいっぱい浮かばせるね。
そういうとき、一番かわいいって思う。
来たかいがあったよ。
「じゃあ、ユメミ、また明日ね!」
吐くたび白くなる息をみて、気遣わせる前にボクは自分からきりだした。
「あ、光坂クン、じゃあ、明日ね!」
ユメミはちょっと間をおいてから、ボクに笑いかけた。
 
ねえユメミ。
たくさんの女の子の中でも、ボクが選ぶのは君だよ。
君を探していたんだ。
ボクのレイディ・アンは君だけ。
君だけなんだ。
いつか、わかってね。
 
そうして、君を振り返りつつ、ボクは夜闇の中のバス停へ、駆けだしたんだ。
ボクを見送る君の笑顔を心に焼きつけながら、ねっ。