Opalpearlmoon

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オレとおまえとそのトナリ

 
式が終わって、教室で話を聞いて、体操服や教科書を受け取って、また先生の話を聞いて。
高校生活第一日目は、想像していたよりあっさりと終わった。
オレの席はまん中の列の一番後ろ。
席に着いたままクラスを見渡す。
学区も近いし、同じ中学からきているやつも多いはずなのに、ほとんど知らない顔だった。
……一人を除いて。
一列向こう、人影からちらっとみえる、見慣れた横顔。
なんとなくみていると、なにかを感じたのか、佐藤夢美はふと、こちらを振り返った。
そしてオレを見つけて、目配せだけでわらった。
 
朝も偶然一緒になって、それからユメミはずっとオレの視界の中にいる。
紺色のブレザーに朱色のリボン。硬い感じするスカート。
少し大きめの真新しい制服。
中学とちがう制服をきたユメミは、なんだか大人びてみえた。
 
「しっかし驚いたわねー、あんたと同じクラスだなんて」
オレが教室を出るのに合わせるようにして、ユメミが話しかけてきた。
オレたちと同じ新入生でごった返す廊下を並んで歩く。
「こっちが驚いたっての、まーたおまえと同じなんだもんな」
同じ学校だとは知ってたけど、同じクラスになるとは思ってなかった。
「こういうのなんていうんだっけな、多生の縁?」
「違うわよ、くされ縁っていうの」
話しながら階段を降り、すぐ左側にある下駄箱で靴を履き替え、校庭へ出る。
1年生玄関の前は友だちや親との待ち合わせで、人が溢れていた。
ユメミは、そのままオレの隣を歩き、ついてきた。
なんでついてくんだよ!?
いうと、ユメミは澄ました顔でいった。
「なにそれ。あたしはおばさまに頼まれたからよ。ヒロシのことよろしくね、夢美ちゃんといっしょなら安心だわって」
はあ?
「オフクロそんなことひとっこともいってなかったぞ!」
なんだよそのよろしくって、おい!?
ってことはなにか、朝も偶然じゃなかったのかよ。
「偶然な訳ないじゃないの。おばさま入学式にこれなかったから心配しているのよ。ヒロシって忘れ物多いし、親としてはなにかと心配なんじゃないの?」
「だからってさ、おまえはオレの親じゃないし、つうかオレのほうが年上だぜ」
「なにいってんの?同い年でしょ」
そこでオレは胸を張った。
「オレ今日で16だぜ。おまえより一つ上だ」
オレよりはやく誕生日を迎えたやつってみたことない。だいたいオレが一番最初に年をとるんだぜ、すげーだろ。
わりと自慢なんだぜ。
すると、ユメミは呆れはてたといわんばかりの表情でオレを見て、大きくため息をついた。
「そんな半年程度のことでいばられてもねえ……。そんなんだから、高校生にもなってあたしに頼まれるんじゃない。
まあいいわよ、あたしも一人だし」
あ……。
そういや今日の入学式、みんな両親と一緒にきていた。
女子は特に、だ。
親に荷物を持ってもらい、うれしそうに笑っている。
ユメミは、一人なんだ。
親父さんもきていない。
オレは男だから別にヘーきだけど、女のユメミじゃあなぁ……。
ユメミのやつ、ほんとは寂しいのかもしれない。
オフクロがオレのことをまかせたなんていってるけど、それだってオフクロがユメミが一人にならないよう気をまわしたのかもしれないよなあ。
うちのオフクロ、ユメミのオフクロさんと仲が良かったから、あいつのことも可愛がっていたしな。
そう納得すると、急にユメミが可哀想に思えてきて、胸がギュッとして、たまらない気持ちになった。
やさしくしてやりたいって、思ったんだ。
そんな気持ちに戸惑いながら、両手いっぱいに重そうに下がる荷物に、ぎこちなく手をのばす。
「かせよ、もってやるよ」
気を利かせて、教科書の入った紙袋を持ってやろうとしたのに、
「いいわよ、一人でもてるもの」
なんて言うんだぜ。
「エンリョすんなよ、かせよ」
「いいわよ、やめてよ、恥ずかしい」
ユメミは両手を後ろにまわして、嫌がって胸を反らした。
こんにゃろ、オレだって恥ずかしいんだぞ。
ダチに見られたら、なんていわれるかわかったもんじゃないんだからなっ!
「いいから、かせってのっ」
大きく脚を踏み出して、うしろに手をまわして、有無をいわさずもぎ取るように紙袋を奪った。
「な、なによ急に、カッコつけて」
少し後ろずさりつつ、あっけにとられた様子つぶやいてから、オレをまじまじとみつめた。
「いいだろ、オレ、年上なんだしな」
ユメミはまだだまってオレをみてる。
あんまりみるもんだから恥ずかしくなってきて、上を向いた。
やさしくしたいなんて思うんじゃなかった、なれないことをして心臓がバクバクしてる。
そんなんじゃないんだからな。
心の中、急に思いついた言葉で一生懸命弁明する。
なにがそんなんなのかわかんないけど、違うんだからな。
おもわず口にしてしまった。
「そんなんじゃないんだからなっ」
「そんなんじゃないんだからねっ」
驚いて、オレ達は顔を見合わせた。
なんだよ、おまえまで「そんなんじゃない」って。
一気に心が緩むと、心臓のバクバクもどこかにいって、ハモったことが無性におかしくなってきて、笑えてきた。
声を上げて笑うオレをみて……
ユメミも同じように笑いだしたのだった。
 
「そういやさ、ヒロシがあたしと同じ学校にくるなんて思ってなかったのよね」
校門にむかって歩きながら、ユメミは心底意外そうにいった。
「なんだその言い方」
ムッとして言い返すと、
「べつに~。ただ意外だっただけ。他にもサッカーが強いとこってあるじゃない」
しれっといい返し、それから好奇心をひとみに浮かべて聞いてきた。
「東高は?あそこ伝統あるし、スポーツ強いんじゃない」
「遠い。通学に何時間かかると思ってんだ」
「そーねえ、じゃあ、湘高は?制服カッコいいわよ」
「あんな偏差値の高い坊ちゃん学校オレがいけるかよ!」
つーかサッカー部がねえよ。
「そうよねえ、あんたがいったらびっくりするわ」
そういって、きゃはっとわらった。
あ、なんか今馬鹿にしただろ。
オレはサッカー部さえあればいい、サッカーができればいいんだよっ。
ここだって去年はいいとこまでいったんだぜ、キーパーがすっげーいいんだってさ。
てか身内がいってんだよ、悪かったな、出来が悪くてなあっ。
いっとくけど、これっておまえも同レベルってことなんだからなっ。
「そうなのよねえ、どうしよう」
すると歩みを止めて、ふっと考えこむような顔になったんだぜ、ユメミのやつ。
ユメミぃ、そこで真顔になるなよぉ……。
オレが落ち込むだろうが、オレが。
歩幅がある分前に出ていたオレは、ユメミに合わせて立ちどまり、振り返った。
するとユメミは
「まあ、いいのよ。それはそれ。
 高天宏クン。これから三年間、よろしくね」
黒目にオレの制服の紺色をうかべて、にっこりと笑ったんだ。
朱色のリボンははまだ見慣れていないけど、でも、のぞきこむように見上げる笑顔は、今までと変わらない。
ユメミはユメミだ。
オレはちょっと照れくさい気分になりながら、いった。
「ああ。こっちこそよろしくな、佐藤夢美、サン」
 
北高等学校入学式
 
誇らしげに掲げられた看板に、サクラの花びらが舞い落ちて、ピンク色の水玉模様をつくっている。
その隣を通って、青空の下でアーチになってる満開の桜並木の道へ向かう。
 
これからもきっと、オレの隣にはユメミがいるんだろうな、って思いながら。