Opalpearlmoon

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銀狼がおどる満月の夜 前編

 
 
あっ、やべえ!
学校のかばんを広げて、机の上にひっくり返しても、グラマーの教科書はどこにも見当たらなかった。
いつもの癖で、教室に置いてきちまったんだった。
明日はテストだったよな。
そこそこ英語はできる方だけど、グラマーは苦手なんだよ、オレ。
まったく勉強しないでいくってのもやばいよなあ……。
急げばまだ学校開いてるよな。
さいわいまだ着替えていない。
よし、取りに戻ろう!
急いで部屋を出て階段を駆け下り、台所にいるオフクロにそう告げて玄関を出た瞬間!
心臓に衝撃が走って、思わず前のめりになる。
えっ、これって……。
ギシギシと音を立てはじめる身体をねじりながら空を見上げると、そこにはぽっかりとまるい月!
うわあ、やっちまった。
今日って、満月じゃねえか!
転がるようにしてフェンス前の生垣の下まで行き目立たないよう身を隠して、そこでオレは完全な狼へと姿を変えた。
 
さて、これからどうしよっか……。
とりあえず、玄関から庭にかけて点々と落ちている制服と靴を口でくわえて生垣の下に運び、それからその隣に隠れるように座った。
こうなっちまった以上、うちには戻れねえよなあ。
オレの部屋二階だから窓から戻るってできないし、狼じゃ玄関のノブあけられねえもん。
野宿をするにはまだ少し肌寒い。
と、なるとレオンちに行くしかないか。
一晩ロッジで過ごして、朝、服を借りて帰ってこればいい。
それしかねえよな、とほほ。
くっそ、なんで忘れてたかなあ……。
情けない気分になりながら、オフクロに見つからないようにシャツとズボンを奥に隠していたその時、突然声が降ってきた。
「なにしてんの」
ヤバい、見られた!
最近じゃ野犬はすぐに保健所行きらしいし、どうしよう?!
驚いて見上げると、フェンス越しにユメミがこちらを見下ろしていた。
「なんだ、ユメミか。脅かすなよ」
安心してふうと息をつく。
「それはこっちの台詞よ。なにしてるよ、今日満月でしょ?」
月明りの下、ジャンパースカートにパーカーをはおったユメミは、いぶかしげにオレをみている。
見つかっちまったからには、嘘をついても仕方ない。
渋々経緯を話すと、呆れ果てたといわんばかりに一言。
「馬鹿じゃないの」
うるせえっ!それはオレが一番知ってるっての!
身体をおこして噛み付かんばかりに見上げると、ユメミはまあまあとオレをなだめた。
「あたしがあんたを戻してあげるわよ、そうすれば問題解決じゃない」
「駄目だ。ここじゃすぐにまた満月の光で狼に逆戻りになっちまう」
「そうだったわね。うーん、これならどう?あたしが玄関のドアノブを開けて中に入れてあげる。
 そのまま部屋にこもっちゃえばいいじゃない」
それはいいアイデアだって思ったけど……。
「オレの部屋、ドアノブなんだ。この前脚じゃ開けれねー」
ユメミが中まで入ってくれば別だけど、オフクロがいるし、それこそ見つかったらヤバいなんてもんじゃない。
はあ、ガックリ……。
オレが大きく肩を落とすと、ユメミは心配そうに眉と声をひそめていった。
「じゃあさ、家にくる?一晩くらいなら泊めてあげるわよ」
「えっ」
おまえ、自分がなにいってるかわかってんの?
目をまるくするオレの前で、ユメミは自分が口にしたことにあらためて納得したというように頷くと、しゃがみ込みオレの目を見ていった。
「それがいいわ、そうしなさいよ」
「いいのかよ」
そりゃあ、おまえが泊めてくれるっていうなら助かるんだけどさ……。
「いいわよ、前にもこんなことあったじゃない。
そうときまったら、ヒロシはあたしの部屋の窓の前でまってて。あたしはあんたの服を拾ってから行くから」
てきぱきと指示をだしてすっくと立ち上がると、オレの返事も聞かないで、うちの庭へ回るために門のほうへと小走りに駆けていった。
どうしよっか、なあ。
考えをめぐらせる。
レオンち、遠いよなあ……。
オレのこと気遣ってくれてるわけだし。
ここはユメミのいう通りにするか。
オレはフェンスを飛び越え、そのままユメミの部屋前へいき、そこに座りこんだのだった。
 
五分ほどして部屋の電気が付き、カーテンが開いてユメミが顔をみせた。そして窓を開けてオレを招き入れてくれた。
「足はそこのタオルで拭いてから上がってよね、汚さないでよ」
「へいへい、わかってるっての」
用意されたタオルで足をぬぐいつつ部屋に上がる。
ユメミは窓とカーテンを閉めてから、机の上からグラマーの教科書と辞書を取り上げ、床の上に置いた。
「あたし夕飯つくってる途中だったのよね。食べさせたらまた戻ってくるからそれまで楽にしてて。
あ、明日テストだったわよね、これみてていいから。静かにしててよ」
いいたいことを一気にいい、そのまま急いで部屋から出ていってしまった。
礼をいうひまもありゃしない。
まあ、なにはともあれ、家のなかだ。
オレは一息ついてから部屋の真ん中でゆっくりと伏せた。
そして見まわす。
勉強机の上にきっちりとたたまれたオレのシャツにズボン。その隣に赤いラジカセ。本棚には料理本に裁縫の本。
タンスがあって、その上にはウサギのぬいぐるみが飾ってある。
あれ、たしか大昔に遊びにきたときにもあったよな、懐かしい。
いつだったかな、小学生のときだったっけなあ、なんて思いながら見渡すと、ベッドの上に脱いだユメミの制服がみえた。
シャツとジャンバースカートとリボンタイが無造作に置いてある。
その自然な形に、さっきまで着ていたであろうユメミのぬくもりを感じてしまって、オレはどきまぎしてしまった。
ほら、女の子の脱いだ服なんてみたことなかったからさ。
想像しちゃうんだよ、くそっ!
目をそらし、床に顎をつけて両脚で頭をおおうようにして寝そべった。
……うん、女の子の部屋なんだし、あんまりじろじろみちゃ悪いよなっ。
よし、勉強をしよう。
気を取り直してユメミが置いていった辞書に目をやったとたんっ、ハラがグウ!
そうだった、夕メシ食ってなかったんだよな。
到底勉強をする気にはなれなくて、オレはそのまま静かに目を閉じた。
ああ~、メシ食ってから出ればよかった。
ほんっと、ついてないぜ!
 
「ごめんね~、遅くなって。ヒロシ、お夕飯まだでしょ?」
二時間ほどして戻ってきたユメミは、おぼんにおにぎりと唐揚げと玉子焼きをのせていた。
おお~、気がきくなあ、ユメミ!!
思わずシッポを振ってしまった、ワンワンワン!
「ありがとな!すっげー嬉しい、腹減ってたんだ、助かった!!」
パクつくオレをみて、ユメミは満足そうに微笑み、それからまたすぐにドアの前に立った。
「今パパが天吾たちをお風呂にいれてるから、お家に連絡するのはもう少し待ってね」
「家に連絡って、なんだよ」
ユメミの口から飛び出た意外な言葉に、思わず食べるのをやめて顔を上げた。
「え、だっておばさま心配するじゃない」
どうやってかけるんだよ!
オレが右前脚で左前脚を指差すジェスチャーをすると、
「それはあたしがプッシュするわ。コードを伸ばせば廊下から応接間まで運べるし、見つかんないようにササッとかければいいのよ。じゃあ、様子をみてくるわね」
とあっさりといい放ち、ドアの向こうに姿を消した。
見つかったらどうすんだよ、天吾や人吾ならともかく、親父さんはごまかすの大変だぜ。
それに、おまえ次第で変身する可能性だってあるんだからな。
わかってんのか、あいつ。なんか楽しそうだったし。
主婦ってキモが座ってるよなあ、ホント。
 
メシを食い終わってしばらくしたころ、ユメミはドアを開けて廊下へひそひそ声でオレを呼んだ。
「パパたち、もう寝ちゃったから大丈夫よ、きて」
オレはそろ~っと部屋をでて、一緒に隣の応接間に入った。真っ暗なそこには、すでに廊下の電話台からコードを伸ばしきった電話機が床に置かれていた。
カーテン越しにもれるかすかな月明かりを頼りに、ユメミは無言でオレのうちの電話番号をプッシュして床に受話器を置く。
そしてオレの眼をみて、おおきくうなずいた。
数コールのうちオフクロがでたので、偶然ダチと会ってそいつのうちで勉強をすることになった泊まってくから心配しないで寝てくれ、と息もつかずに小声でまくしたてて、返事も聞かずに切った。
ふうう、終わった!!
オフクロは怪しむかもしれないけど、嘘はついてないもんな。
あとは見つからないように、部屋に戻るだけだ!
オレ達は頷き合い、それからユメミは電話機をそっと腕にかかえてから立ちあがり、オレより先に応接間をでた。
ちょうどその瞬間だった。
「夢美ちゃん?」
ユメミの親父さんだ!