Opalpearlmoon

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誕生日に貴方と 2

気がつくと、私はベッドの中にいた。
 
軽く頭痛がする。
身を起こしてみると、燭台のやわらかい灯りに照らされて、椅子に腰かけているレオンハルトが見えた。
「ああ、気がついたか」
レオンは私の目覚めに気がつくと、燭台を持って椅子から立ち上がり、私の枕もとまできて跪き、私と同じ目線になった。
「どうだ、調子は」
「どうして、ここに……」
口元に手をやり、記憶をたどる。
そうだ、私はレオンの声を聞いて……
 
おもいだした。
 
あまりの衝撃にカッと赤くなった。
狼狽し、心臓が早鐘を打つ。
私は、なんてことをしたんだ!!
その様子に気がついたレオンが、小さく笑ってシャツのポケットから小さな袋をだして見せた。
「おまえは憑依されていたんだ。憑依物はこれだ」
その中には黒い髪の毛のようなものが入っていた。
あの白い花の花弁だ。
「だから気にするな」
涼しげな瞳に私を気遣う光を浮かべていう。
「憑依って、光坂と同じようにか。くっそ!」
私は頭を掻きむしり、その袋を奪い取る。
あの花!あんなものがこの私が憑依だと!?
なんてことを!
操られたという屈辱、醜態をみせた羞恥、沁みついた超自然的なものに対する拒否が渦巻き、それらが胸の中にふつふつと沸き上がり、感情が高まりすぎて声を失う。
知らずに唇をかみ、うつむいていた。
肩にあたたかい掌を感じて、視線をあげる。
「おまえは精神の力を使いすぎで今まで昏睡状態だった。
魔に憑依される際、その力と戦えば戦うほど精神の力を使い、疲労する。
憑依が解けたあとこれだけ長い間ねむり続けたということは、強く魔に抵抗したということだ。
おまえはよく耐えたよ」
レオンは屈みこみ、視線を私より下げて窺うように私の顔を覗きこんだ。
少し甘さを滲ませて慰めるように見上げるレオンの瞳は優しくて、その瞳に吸い込まれるように私の中の高まりがきえていった。
 
同時にふと、疑問がわいた。
「そういえばユメミは?彼女も一緒にいて触っていたはずだ」
「ユメミは無事だ。彼女は月光のピアスの支配下にあるから、それより格下の魔は手出しできない」
それを聞いてほっとすると同時に、すっと寂しさが通り抜けた。
月光のピアス。
その優位性。
いや、ユメミの優位性、か。
 
頬が引きつり唇の端が上がりそうになったその時、レオンはナイトテーブルの上の私の腕時計をちらりとみていった。
「夜も遅い。ここにはソロモンの円陣が書いてある。安心して休め。なんならオレが付き添ってやってもいいぞ」
「冗談を言うな。レオン、おまえは怪我人だ。しっかり休んでもらわないと困る」
いってから、からかうように付け加えた。
「それに、おまえがいたら寝れない」
半分は本気だ。
レオンはクスッっと可笑しそうに笑い
「それもそうだな。オレはおまえの部屋に移るとするよ」
そういって立ち上がろうとした。
「いやいい、私がもどる」
急いで起き上がろうとすると、くらりと視界が揺れた。
そんな私を力強い手が支え、近くにレオンの顔が見えた。
「無理するな」
精気を失いロウのように白い顔。
無理をしているのはどっちだ。
レオンハルトはゆっくりと立ちあがり、テーブルの上の燭台に火をともして、枕元のナイトテーブルにおいた。
「じゃあ、また明日」
そういって、美しい髪を闇に溶け込ませながら静かに扉を閉めた。
私は、名残惜しそうに揺れた燭台の炎を見つめた。
 
一人になると、とたんに先ほどの羞恥が襲ってきた。
ベッドに横になり、目を覆い隠すように両手を額に乗せる。
憑依。
わたしはなんて醜態をさらしたのだろう。
恥ずかしさで消えてしまいたくなる。
魔のせい、気にするな、だと。
あの声。私を操るため魔が囁いた、言葉。
知っている。
レオンのあの声は私の願望だ。
あんな言葉を言ってほしかった。
あんな声で囁いてほしかった。
あんな風に受け入れてほしかった。
 
一度でいい、抱いてほしい。
 
秘かに想い続けていたことを、こんな形で口にするとは。
……汚れてしまったような気がした。
 
それに、耐えがたいことはもう一つある。
ボロボロの、傷ついたレオンを綺麗だと思ったこと。
ありえない!あいつは胸部の刺傷に加え、硝子片を一身に受けた体だ。
あんなにも青ざめ、弱り、痛々しいあいつを私はみたことがない。
それを綺麗だと!どうかしている。
そんな自分が許せなかった。
 
……そうだ。
レオンはどう思ったのだろう。
私の中にフッと不安があらわれ、渦巻いた。
先ほどはまったく気にしてないようだったが、あいつの本心なんてわかるわけがない。
……私の気持ちが知られてしまっただろうか。
そう思うと恐ろしさでいっぱいになる。
知られれば、今のままでいられなくなるかもしれない。
遠ざけられるかもしれない。
それだけは、いやだ!
明確な恐怖だった。
くそっ、憑依なんてされなければ!
 
月光のピアス。
閃くように言葉は踊る。
魔を退け、魔そのもののように禍々しく私に作用するピアス。
あれがあったら憑依なんてされなかった。
たとえ、それが命を狙われるようなしろものであったとしても。
ユメミを、羨ましいと思った。
 
視界を覆っていた手を外し、遠い目で天井に映った蝋燭の灯りをみあげる。
 
レオンがスイスに発つ前に逢いにいった少女。
レオンの隣に当然のように立つ少女。
レオンが「守れ」という少女。
レオンが護る、少女。
 
彼女を思うと切なさと哀しさ、そして羨ましさが湧き上がる。
その絶対的な優位に。その残酷な無邪気さに。
でも、私は彼女を嫌う気持ちにはなれなかった。
第一にこれは私の問題であり、彼女は関係がない。
私自身が抱えるしかないものだからだ。
それに……
確かに、私にないものをもっているのだ。
日本を立つ前、私はあまりにも絶望的な状況に心が砕け、レオンを胸中にて失ってしまっていた。
現実になる前にそうしておかなければ、押し潰され壊れてしまいそうだったからだ。
そんな私を両手で包み、迷いのない瞳で言ったのだ。
 
―――あたしたちは、月桂樹の騎士の言葉より鈴影さんの力を信じた方がいいと思うわ。
これが総帥の義務で、試練ならば、きっと鈴影さんはやりぬいているわよ。
だって彼はいつも、総帥としてふさわしくありたいと願っているんだもの。
簡単に負けたりはしないはずよ。きっとりっぱに戦っていると思うわ―――
 
その力強く真っ直ぐな言葉に、私の心はもう一度レオンを取り戻し、こうして彼を救うことができたのだ。
私には考えられないほどシンプルに物事を考え、私には想像できないほど希望というものを信じている。
ゆっくりと目を閉じる。
 
意識が回復し、光坂たちのところへ向かったとき、レオンはユメミに再会した。
彼の瞳が彼女を捉えたときの、生きる全てを見いだしたような、眼差し。
 
私はその意味を明確に言葉にすることができない。
頭の中だけでも、駄目だ。
それはレオンに対する冒涜のように思えたからだ。
 
駄目だ。今はこんなことを考えている場合じゃない。明日はテオドラと対峙するという。それに備えて休まなければ。
 
私は無理に思考を打ち切り、燭台に手を伸ばした。
ふと、腕時計に目をやる。
 
11.30 FRI 0034
 
私はひとつ、歳を重ねていた。