Opalpearlmoon

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誕生日に貴方と 3

緩やかに空は白みだし、窓越しに鈍い光をおとす。
薄ぼんやりとした光の中で、私はベッドから身を起こした。
結局、一睡もできなかった。
しかし、昨日の頭痛はなくなり、体もだいぶ軽い。
まあまあ、といったところか。
部屋に備え付けた手桶の水で顔を洗い、ソファーに腰をかけた、その時だった。
「おい、レオン!大変だ!!うわっ、冷泉寺!」
大きな音をたてて扉があき、高天が血相を変えて飛び込んできた。
私の姿をみて驚き、後ずさる。
「レオンは私の部屋だ。それよりなんだ。また魔女がでたのか!?」
ただならぬ気配に身を硬くする。
「ユメミがいないんだ!ガルシアもだ!」
なんだとっ……!?
驚愕する私の顔など気にもせず、もどかしそうに叫ぶと、身をひるがえし駈けていった。
どういうことだ、なにが起きた!!
反射的に立ち上がり、急いで後を追った。
 
 
私が着くと、レオンは高天の話を聞いているところだった。
腕を組み、瞳に緊張した光を浮かべ、固い表情で窓辺に立っている。
張りつめた空気の中、私は後ろ手でそっと扉を閉め、その横の壁に寄り掛かった。
今朝ユメミの部屋によったところ、もぬけの殻だったというのだ。驚き、部屋の近いガルシアのところに行ったところ、やつもいなかった。
そして部屋の燭台もなかった、という。
たかぶる気持ちを抑えつけるように話す声は震えていた。そして話し終えると、激情を吐き出すかのように大きく息をついた。
「……わかった。高天、おまえは光坂の様子をみてきてくれ」
レオンが低い声で指示をだすと、高天はおおきく頷き部屋を出ていった。
私は指先を唇にあて思案する。
どういうことだ……?
ユメミだけでなく、ガルシアもいない。
二人してテオドラに襲われたということか。
いや、燭台がないということは、二人とも自ら部屋を出たと考えた方が自然だ。
一緒に?それとも別々に?
大体、なぜユメミとガルシアなんだ?
ユメミだって、月光のピアスをつけている。
ガルシアは挑戦の騎士だ。襲われる理由がない。
考えたくはないが、最悪の状況も浮かんでくる。
くそっ!!
心配をする気持ちが苛立ちを誘い、苛立ちが思考を鈍らせる。
私は窓際に立つレオンハルトに目を向けた。
彼は、微動だにもせず、蒼白な顔をさらに白くして、窓の外を見据えていた。
緊張した頬と、腕にかかる色を失った繊細な指先。
私からは、その表情は見えなかった。
 
ほどなくすると、高天が戻ってきた。
サッカー部のエースだけあって、5分もかからなかった。
「レオン、アキは無事だ。ソロモンの円陣の中のベッドで寝てる」
肩で息をしながら力強い声でいい、それから焦燥をあらわにして叫んだ。
「探しに行こう!レオン!魔女にやられたのかもしれない!!」
「そうか……、ならいい」
低く静かにいい、レオンは片眉を上げ一瞬瞳を曇らせると、目を伏せ、そしてあざやかな炎を揺らめかせながら目線をあげた。
胸にかけたホルスターを締め直しながら私と高天を交互にみる。
「事態が掴めない。二手に分かれていこう。オレは上階からいく。
高天と冷泉寺は地下からいってくれ」
手早くいい、レオンは長い脚で部屋を横断して、美しい髪をひるがえして廊下へと消えた。
「冷泉寺、オレ達も行こう!!」
「ああ」
高天はギラッと瞳を輝かせて焦れるように言い放つと、床を蹴りつけるように駆けだしていった。
絶対に見つけ出してやる!!
 
意外なことに、その行き先はすぐにわかった。
地下の台所のテーブルの上に飲みかけの紅茶のカップがあり、床下に隠し戸と思われる入口がぽっかりと開いていたからだ。
少なくともユメミは昨晩ここにいて、茶を飲んでいた。
そして何かが起こり、その結果、床下の戸が開いた、というわけだ。
私は高天にレオンを呼びに行かせると、台所をくまなく観察した。
床、テーブル、かまど……どこにもあの長い金髪や、高天が見せた奇妙な鱗は落ちていない。
血痕など争った跡もなかった。もちろん、烙痕もだ。
となると、やはりあの戸口か。
そうこうしているうちに、レオンハルトと高天が階段を駆け下りてきた。
台所にあった蝋燭に火をつけ、私たちは闇深い地下へと歩み出した。
 
日ものぼったというのに地下通路は薄暗く、蝋燭がないと進めないありさまだった。
通路はうっすらと水に浸されていた。
それは海獣の檻のスロープを連想させた。
「堀の水のにおいだ」
高天が鼻にしわをよせていった。
魔女は堀の水の共にあらわれる。
予感に背筋がゾクゾクした。
 
高まる鼓動と同じように、次第に私たちの足並みは速くなり、水跳ねの音だけが高く響く。
そんな中、先頭をいく高天が立ちどまり、叫んだ。
「レオン、あれみろよっ!」
指差す先、そこには破壊された壁と、その下に散らばる欠片には烙痕が刻み込まれていた。
その横には、ユメミの部屋にあった燭台が転がっていた。
「黄金のダガ―は、力を発揮するとき対象物を粉砕するといわれている。
どうやらガルシアも一緒みたいだな」
レオンは射抜くように鋭く一瞥し、冴え冴えと瞳を輝かせると、確信をこめていった。
そして、少し頬をほころばせた。
「なら、ユメミは無事だろう。あいつと一緒なら確実だ」
私は、安堵する声とは裏腹にその瞳に焼けつくような光が揺れるように立ちあがるのを見た……
 
 
その先は両脇に歩道のついた水路だった。
この先にユメミ達がいる!!
薄闇にも目が慣れ、私たちははやる気持ちのまま、走り出していた。
 
突然視界が広がり、まぶしいほどの明かりにつつまれた。
思わず目を細める。
水路の先は水をたたえたプールとなっていて、その中にコリント式の神殿が建っていた。神殿内のずらっと並んだ蝋燭には火が灯され、異様な空間を照らしていた。
そして、プールのへりに奇妙ないきものが横たわっていた。
 
オオサンショウウオのような頭部に金色にもみえる長い体毛が生えており、大きく開いた口には細かい歯が鮫にように生えているのが見える。大きなひれは脚のようにも見え、背から下半身にかけてびっしりと二股に分かれた鱗が生えていた。
それは、打ち揚げられ、全身を赤く染めて息絶えていた。
私はより明るく見るために高天から蝋燭を奪い取り、そのいきものに近づき、しゃがみ込んで注意深く観察した。
両生類のような頭部、海棲哺乳類にもみえるひれ、魚のような鱗。
なんだ、これ……
まるでキメラだ。
高天が興味深そうに近寄ってきて、死骸のまわりを一周すると、妙に弾んだ声で問いかけた。
「レオン、こいつが魔女!?」
「魔女ではないよ、高天。魔であるなら黄金のダガ―の力により砕け散っているはずだ」
「こいつはまったくの新種だ。こんな奇妙ないきもの、見たことも聞いたこともない。
もったいないな、こんな事態じゃなかったらもっと詳しく調べてサンプルを持ち帰りたいくらいだ」
父も喜ぶだろう。
急いでいたとはいえ、採取用のメスを持ってこればよかったと少し後悔をしている。
「おまえ、流石だなあ……」
高天が呆れたようにつぶやいた。
私は、冷たく一瞥をくれてやった。
「じゃあさー、こいつはなんだったわけ?」
高天は身をすくめて、それから腑に落ちないといわんばかりに口をとがらせた。
レオンは水中神殿を見据えて語り出した。
「基本的には、関係ないだろう。
あの半人半魚の神像が示すとおり、この神殿はティターン神族の神、テュポーエウスを祀ったものだ。テュポーエウスは現世と死者の国を隔てる川を泳ぎ、死者の魂をとらえ現世に呼びもどすことができる神だといわれている。ただし、100の人間の魂を生贄として。
その過激さからテュポーエウスを崇める宗教は異端とされている。テオドラの魔女裁判の理由はだろうね。
この生き物はテュポ―エウスに特徴が似ている。おそらくテオドラが飼育し、崇めていたのだろう」
レオンはそういってから、意味ありげに付け加えた。
「堀の水の中で暮らしていたのだから、魔と近かったのかもしれないな」
魔と近い……?
私は少し気にしながらも立ちあがり、二人を見まわしていった。
「つまり、こうか。昨晩ユメミとガルシアはこの生き物と対面し、ここにきた。そして戦闘になり勝利した」
神殿の奥にみえる水路へと親指を向けて、ニヤッと笑う。
「そして、あの水路をたどっていった」
レオンは力強く頷いて、その先を繋いだ。
「奥の水路はテオドラがいざという時のために用意した隠し通路だろう。おそらく、城の外に続いているはずだ。
ユメミとガルシアは城外に出て、助けを呼んでくれるだろう」
 
一応の決着をみた私たちは、地下神殿から引き返すことにした。
そして、一人残された光坂の部屋へと向かったのだった。